大言壮語で自分を奮い立たせるチーズ~伊勢ファーム~

白い滴のマリアージュ

今回のテーマ

大言壮語で自分を奮い立たせるチーズ
~伊勢ファーム(旭川市)~

「エ(頭)タンネ(長い)ペッ(川)」又は「エトコ(水源)タンネ(長い)ペッ(川)」の二説があり、いずれも「水源までの距離が長い川」という意味を持つ旭川市江丹別(えたんべつ)町。冬はマイナス30℃を下回り、夏は35℃に達する日もあるほど寒暖差が激しいことで有名だ。
先代が愛媛県宇和島市から新規就農して始まった伊勢ファーム。現在は6ヘクタールの土地に18頭の牛を放牧、家族で協力しながら面倒をみる。
チーズをつくる伊勢昇平さんのいうことは、とにかく大きい。時に生意気にうつることもあるくらいに。
親の家業である「酪農」にコンプレックスを抱え、小さな旭川の外れにある集落を離れ、世界に通ずる仕事を模索していた時にたどりついたのは、チーズ職人という仕事。帯広畜産大学卒業後、「世界には美味しいチーズは山ほどあるけど、ここ江丹別でしかできない、替えの利かないチーズをつくりたい」と考え、設立から現在まで、ブルーチーズ一本で勝負をしている。

チーズをつくりだした当時、まだ国産ブルーチーズ市場はそんなに盛り上がりはなかったが、地域の名前を冠した「江丹別の青いチーズ」のデビューは、料理人にも、消費者にも、衝撃を与えた。すぐにテレビの人気番組や雑誌でも取り上げられ、一世を風靡する。
しかし、そのあとやってきたスランプ。放牧で飼養しているがゆえに、草の香りのする素晴らしい原料乳でもある一方、季節での原料乳の変化に製造の技術がついていかなかったのだ。
「あの美味しさはビギナーズラックだったのか」と揶揄され、どれだけもがいても、答えが出ない毎日は、苦悶の日々だったろう。その苦しい日々においても、「世界でここにしかないチーズをつくりたい」という思いは揺らがなかった。工房を一時閉めて、立て直しの修行のために向かったヨーロッパ。そこでヒントを得て、「江丹別の青いチーズ」は、再び歩み始めた。

大言壮語(たいげんそうご)を吐くことは、自分を追い込み、退路を断つ覚悟に他ならない。
最近は、地元の酒蔵の酒粕や、地元産ワインに浸して追熟したものをつくったり、「江丹別を世界一面白い場所にする」と掲げ、様々な計画をもくろんでいる。易きに逃げず、自らにプレッシャーをかけ続ける彼の、その「こえ」の向こう側にある江丹別の未来を、私は一緒にみてみたい。