ほくれん丸のあゆみ
ほくれん丸誕生前から現在までの歴史
1990年代
- 進水式の様子
- 就航披露祝賀式の様子
右から小泉物流部長、
太田常務理事、原管理本部参事役
(※役職は当時)
1991年3月
生乳移出体制整備プロジェクト発足
生乳の道外移出拡大に対応する輸送体制の整備、確立を円滑に進めるために、太田一郎常務理事(当時)を総括管理者として12名でプロジェクトチームを編成した。
検討の結果、川崎近海汽船株式会社が船を建造、所有、運行し、そのスペースの一部をホクレンが借り上げる方式とした。
1993年7月
ほくれん丸就航
釧路港から日立港を20時間で運航する、国内ロールオン・ロールオフ船(※1)としては日本一のスピードとなった。
※1 車両ごと積み降ろしができる船
1997年6月
第二ほくれん丸就航
これまでの隔日運航から2船体制による毎日運航体制を確立した。
2000年代
- 矢野会長の祝辞
- 祝賀会の様子
2003年9月
川崎近海汽船株式会社から新造船投入の提案
毎日運航という過密なダイヤによる経年劣化を見込み、2船同時に大型化する提案があった。
2006年6月
ほくれん丸リプレース
2006年7月
第二ほくれん丸リプレース
新造船就航祝賀会
矢野征男会長(当時)を始めとする関係役職員が出席し、リプレースした2船の就航祝賀会を行った。
2011年3月
震災の影響で釧路⇔品川へ航路変更
東日本大震災によって日立港が被災したため航路を変更した。北海道と関東を結ぶ航路の中で、ほくれん丸が一番早く運航を再開できた。