ホクレン営農技術情報誌 あぐりぽーと
ホクレンが生産者向けに有料でお届けしているホクレン営農技術情報誌「あぐりぽーと」のバックナンバーをご紹介しています。
最新号 バックナンバー 記事検索 購読方法 トップページ
最新号の紹介
<ホクレントップページ    



 麦作では、穂発芽を避けて適期に如何に速やかに刈り取るかは大変重要で、収穫体系に多くの改善を積み重ねてきました。そうした収穫体系を人工衛星情報、250mメッシュ気象情報などで小麦成熟期や低アミロ発生を予測して支援し、適期収穫する「先端技術を活用した小麦収穫システム」が平成17年度の指導奨励事項として普及に移されました。色々の新聞や雑誌もコンバインの効率的運行や乾燥経費低減の可能性を報じています。その概要を、試験推進・とりまとめを担当された十勝農試の中津栽培環境科長にご紹介いただきました。小規模な産地や個別農家の皆さんにも簡単に使えるパーツもあります。ぜひ参考にしてください。


先端技術を活用した小麦適期収穫システム
【道立十勝農業試験場 生産研究部 栽培環境科長 中津智史】

1. はじめに
 小麦は刈り遅れて雨に当たると、穂発芽や低アミロ小麦(-アミラーゼという酵素によってでん粉が分解され粘度が低下した小麦)が発生するため、早期収穫が基本となっています。しかし、早く刈りすぎると高水分で各種の障害粒が発生するとともに、乾燥コストも高まります。また、雨害を恐れて早期収穫を希望する農家が集中すると、収穫順番を巡って軋轢が生じることもあります(図1)。これらを回避するためには、客観的な情報に基づいて各農家圃場の収穫適期を把握することが重要であり、これによりコンバインや乾燥施設の効率的な運用も可能となります。
 そこで、大規模小麦栽培地帯において衛星リモートセンシングやメッシュ気象情報等の先端技術を用いて、小麦適期収穫を支援するシステムを開発するとともに、その効果を実証しました。

2. 試験・研究方法
 本試験では芽室町の「ホクシン」を対象として、4つの試験研究機関が5つの課題を共同で実施しました。最初に成熟期の推測方法として、1.衛星リモートセンシングによる推定(主として北農研生産技術研究チームが担当)。2.土壌環境から見た予測(主として株式会社ズコーシャが担当)。3.リアルタイム250m気象メッシュ値を活用した予測(主として北農研気象資源評価研が担当)の3つの手法を検討しました。
 次に、成熟期前後の気象条件による低アミロ小麦の発生予測手法を開発しました。(主として十勝農試が担当)。最後に、これらの手法を組み合わせて小麦適期収穫支援システムを開発し、その効果を経済面からも検証しました(主としてJAめむろが担当)。

3. 成果の概要
1)衛星リモートセンシングによる成熟期の推定
 人工衛星により撮影された画像と小麦成熟期との相関を検討した結果、NDVI(正規化植生指数:近赤外と赤の反射率の比を表す)が成熟期と密接な関係を示しました。また、撮影時期については、早いほど成熟期との相関が低く、遅いほど相関が高まります(図2)。例えば、出穂直後の6月中旬の衛星画像では晩播や冬損による生育不良圃場は適用除外となり、推測精度もやや落ちます。
 一方、収穫開始からおよそ1〜2週間前(7月中旬)の画像は、高精度に成熟期が推定可能となります(画像1および2)。画像1は芽室町内の一部地域を拡大したもので、圃場毎の成熟期の早晩や、一圃場内のバラツキも良く表現しています。画像2は芽室町全体を表示したもので、中央部の十勝川両岸地域で成熟期が早く、北部および南部の丘陵地帯で成熟期が遅いことが示されており、収穫順位決定に有効です。
 このように、衛星を用いた予測は適期に画像が得られれば、予測精度は高くまた情報量が豊富で、GIS(地理情報システム)と組み合わせれば、デジタル圃場図として色々な応用が可能となります。ただし、衛星画像の取得・解析にはかなりのコスト(1シーンで40〜50万円、他に画像解析ソフトが80万円程度)がかかり、さらに画像の解析にはある程度の専門知識が必要となります。

2)土壌環境から見た成熟期予測
 小麦の成熟期は標高および土壌環境の影響を受けることから、これらの情報を活用することにより、成熟期がおおよそ推測可能となります。具体的には、標高が高いほど気温が低くなるため、成熟期は遅くなります。低地および低台地で礫が出る圃場では、礫層が浅いほど水分供給が不足となるため、成熟期は早まります。中〜高台地では、気相率の小さい多湿黒ボク土(真っ黒な火山性土)で水分供給過剰のため成熟期は遅くなります。このような情報を既存の土壌分布図に組みこむことにより、土壌環境から見た成熟期予測マップが作成されました(画像3)。このマップを画像2と比較すると、中央部で生育が早く北と南に行くほど生育が遅くなるという、芽室町の地域的特徴をおおよそ反映しており、衛星画像が全く撮影できなかった場合には地帯別の刈り取り順を決める根拠となります。
 ただし、あくまでも標高・土壌環境条件から見た成熟期予測ですから、個々の農家による営農管理(播種時期や施肥量、病害など)の情報は反映されません。逆にこの予測マップから大幅にずれた圃場については営農管理による影響が想定され、その要因を解析することにより栽培法の適正化に結びつけることも可能でしょう。さらに、土壌環境の不良部分が抽出されることにより、今後の土壌管理適正化の指針や土地改良対象地域選定の有力な情報となりえます。

3)リアルタイム250m気象メッシュ値を活用した
 成熟期予測
 芽室町全域をカバーする250mメッシュを設定し、町内の気象ロボット(8台)の観測データから、日別気象要素(気温、湿度、降水量、日射、日照時間)を推定する手法を開発しました。これは、従来の1kmメッシュよりも16倍細かいメッシュサイズで、推定精度も同等以上でした。
 さらに、出穂期以降の気象条件(気温)から成熟期を推定するモデルを開発しました。このモデルは成熟期を誤差標準偏差2.5日で推測可能で、他地域(空知、上川、網走)へも適応可能でした。気象メッシュ情報と成熟期予測モデルから成熟期予測マップ(画像4)が作成可能となり、得られたマップは画像2、3と同様の傾向を示しており、成熟期の地域的特徴をよく反映していました。

 この手法では予測に必要な情報は気温だけであることから、最も簡便・低コストな手法といえ、気象メッシュ情報が無くても、農家が自分で出穂期を観測するとともに気温を測定することにより、成熟期の予測が可能となります。

4)成熟期前後の気象条件による低アミロ小麦の発生予
 測
 
 低アミロ小麦の発生予測を検討するにあたって、低アミロ耐性を指標として気象条件との関係を検討しました。低アミロ耐性とは、アミロ値低下の原因である-アミラーゼ活性が、低アミロ小麦域(3以上)に高まるのに必要な降雨日数で、何日の降雨で低アミロ化するかを表しています(図3)。
 図3では成熟期以降に人工的な降雨処理を行い、低アミロ耐性の変化を調査したものですが、成熟期直後の降雨ですと、-アミラーゼ活性が3以上に高まるのに6.2日(低アミロ耐性は6.2日)を要していますが、8日後では4.3日、15日後では2.2日で低アミロ化してしまいます。このように、成熟期以降時間が経過するほど小麦の雨に対する感受性が高まるため、低アミロ耐性はだんだん低くなりますが、実際の圃場条件では、気温や雨の降り方などいろいろな気象条件の影響も受けます。
 そこで、平成3年〜16年まで圃場調査結果について、成熟期前後の気象条件と低アミロ耐性との関係を解析した結果、低アミロ耐性は成熟期1週間前からの降雨および気温と負の相関が認められ、成熟期以降は成熟期後日数および降雨と負の相関が認められました。また、連続降雨があった場合、低アミロ耐性は1ずつ低下しますが、15〜25℃では低温ほど降雨の影響が大きくなります。
 これらを組みこんで表計算ソフト(エクセル)上で稼動する予測式を開発しました。この予測式は気温、降水量、(日照時間、湿度もあった方が予測精度は高まる)を入力すると、成熟期以降の低アミロ耐性を日単位で計算するもので、農家がパソコンレベルで活用することも可能であり、専門知識も必要なく低コストかつ簡便と言えます。
 予測式を実際に圃場から採取された試料に適応した結果、その適合度は95.3%(n=448、図4)と高いものでした。ただし、低アミロ耐性がマイナスになっても、-アミラーゼ活性の低い健全麦が複数認められましたが、これは調査のために成熟期から2週間以上圃場に放置したためで、実際の収穫作業ではこのような状況はほとんどありません。
 以上のことから、低アミロ耐性による低アミロ小麦発生の危険性と収穫等の対応を設定しました(表1)。耐性が1以上では低アミロ小麦はほとんど発生しません。また、低アミロ耐性日数相当の降雨があっても低アミロ化しないと推測されることから、子実水分や天気予報などを勘案して収穫時期を決めることが可能です。例えば、耐性が4日の小麦圃場で、今後2日間の降雨が予想される場合、降雨後でも耐性は2日程度残るため、低アミロ小麦にはならないと予測されます。したがって、降雨前や降雨の合間に無理して収穫する必要はなく、降雨後の圃場乾燥を待って収穫することが可能です。
 逆に、耐性が0〜1では低アミロ小麦が発生する危険性があるため、早期に収穫する必要があります。また、地域で-アミラーゼ活性をモニタリングする体制が整っていれば、これを開始する時期となります。耐性がマイナスになった場合は、低アミロ小麦である危険性が高いため、受け入れ時には-アミラーゼ活性を測定するとともに、正常麦とは仕分け収穫・乾燥を行う必要が生じます。
 このように、気象条件から低アミロ小麦発生の危険性を予測することにより、極端な早期収穫をする必要はなくなるため、収穫期間の延長や収穫時水分の低減も可能となります。
5)生育情報を利用した小麦適期収穫支援システム
 以上の手法を統合して小麦適期収穫支援システムを構築しました(図4)。JAめむろではこのシステムを活用することにより、収穫順位を統一した尺度で判断できるため、収穫小麦の水分格差が小さくなり、コンバインの効率的運行が可能となりました。その結果、コンバインの1日当たり収穫量は向上しました。また、乾燥施設では平均水分23〜27%と、それ以前より低く均一な原料を受け入れることができ、効率的な操業により乾燥費(人件費+燃油費)を低く抑えることが可能となりました(表2)。

4. 最後に
 本研究で開発された適期収穫システムは、芽室町のように収穫機、乾燥施設を共同で利用している中・大規模産地に有効と考えられますが、個別の手法については小規模な産地や個別農家にも適応可能です。また、利用目的や施設の整備状況により、図5以外の組合せ利用も考えられます。例えば、図6はメッシュ気象情報と低アミロ小麦の発生予測式をGIS上で組み合わせたもので、衛星画像が無くても、圃場毎の成熟期の予測と低アミロ耐性の推移を把握できます。
 本試験で得られたこれらの知見を活用することにより適期収穫および低アミロ小麦の発生軽減が可能となり、高品質小麦の生産流通が期待されます。
 (本研究は農林水産省の「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」「大規模収穫・調製に適した品質向上のための小麦適期収穫システム」で実施されたものです。)
図1 小麦の収穫時期に関わる各種の要因

小麦の収穫時期に関わる各種の要因

図2 衛星の撮影時期がNDVIと成熟期との相関に及ぼす影響

衛星の撮影時期がNDVIと成熟期との相関に及ぼす影響


画像1 撮影衛星画像による生育早晩マップ出力例
                    (H16.7.18撮影)
画像2 衛星画像による成熟期早晩マップ出力例
                   (H16.7.18撮影)
撮影衛星画像による生育早晩マップ出力例 衛星画像による成熟期早晩マップ出力例
画像3 土壌環境から見た成熟期予測マップの例
                          (H16)
画像4 気象メッシュ情報による成熟期予測マップ
                        (H16)
土壌環境から見た成熟期予測マップの例 気象メッシュ情報による成熟期予測マップ
図3 成熟期以降の降雨試験から得られた低アミロ
   耐性の変化

図4 圃場採取試料における低アミロ耐性と-ア
   ミラーゼ活性との関係
                 (H3-H16、n=448)
成熟期以降の降雨試験から得られた低アミロ耐性の変化 成熟期以降の降雨試験から得られた低アミロ耐性の変化

表1 低アミロ耐性による低アミロ小麦発生の危険性と収穫等の対応

低アミロ耐性
1以上 0〜1 0未満
低アミロ小麦の
発生
ほとんど発生しない。 危険性がある 危険性が高い(成熟期の2週間以降では低アミロ小麦と成らない場合も認められる。)
収穫等の対応
子実水分、低アミロ耐性(耐性値1は終日降雨1日にほぼ相当)と天気予報などを勘案して収穫時期を決める。 早期に収穫する。-アミラーゼ活性のモニタリングを開始する。 受け入れ時には-アミラーゼ活性を測定する。正常麦とは仕分け収穫・乾燥を行う。

図5 小麦適期収穫支援システムの体系

小麦適期収穫支援システムの体系

表2 JAめむろにおける小麦収穫支援システム導入の効果

年次 システム
の導入
共同乾
燥面積
(ha)
収穫量
(生麦)
(t)
実収穫
日数
(日)
設定収
穫上限
水分
(%)
収穫
平均
水分
(%)
同左の
日別標
準偏差
(%)
コンバ
イン
台数
(台)
1日当
たり稼
働台数
(台)
1日1台
当たり
収穫量
(t)
水分20%までの
乾燥費
(人件費+燃油費)

(円/t)平均と指数
11 導入前 4,135 25,913 13 35 30.4 4.2 50 42.1 47.7
- 1,359
(100)
1,358
1,360
12 4,433 28,608 11 35 29.9 3.3 50 43.5 59.7
13 4,441 33,914 13 35 28.9 2.5 50 45.5 57.3
14 導入後 4,574 38,138 12 33 26.6 1.8 50 43.9 72.4
1,009 907
(67)
1,109
602
15 4,184 32,340 13 32 26.6 2.2 50 42.9 58.0
16 4,236 30,349 10 30 22.6 3.2 48 41.3 73.5

図6 メッシュ気象情報と低アミロ小麦発生予測の組合せ事例

メッシュ気象情報と低アミロ小麦発生予測の組合せ事例


戻る