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家庭料理の来し方行く末

もっとおいしくなあれ

北海道産農畜産物を楽しむための工夫や知恵、情報を発信し続けているGREEN。このコンテンツでは、「食文化」、「食卓の風景」、「調理のニーズ」、「食の嗜好や意識」をテーマに、専門家へのインタビューを通してこの50年を振り返ります。おいしい笑顔を育むために、移り変わっていったもの、いまも変わらないことをみつけてください。

Vol.03家庭料理の
来し方行く末

法政大学人間環境学部 教授 湯澤 規子 さん

家庭料理ってなあに?

家庭料理という言葉から、なにを連想しますか。「うちの味」、「食べ慣れた料理」、「ふだんのごはん」などでしょうか。
 
とりたてて語られることのなかった家庭料理に対する関心が、にわかに高まっています。食卓から社会のありようや変化を読み取ることを研究テーマの一つに掲げる湯澤規子教授は、「この50年、家族の在り方が多様化し、それに伴って家庭で食べられる料理も多様になったことで、改めて家庭料理とは何かと問われているのでは」と語ります。では、実際のところ、家庭料理はどのように変化してきたのでしょうか。国民食とも呼ばれ、家庭でもよく作られるカレーを例に、説明していただきました。
 
「カレーは昔から料理本に出ていますが、私の祖母世代は家庭で日常的に食べることはほぼなかったと思います。団塊の世代である私の母は、家庭科の授業で小麦粉を炒り、カレー粉を加えるカレーを作ったそうです。私が子どもだった70年代後半には市販のカレールーはかなり普及していて、82年にカレーが学校給食に加わりました。90年代に入ってエスニック料理が注目されるにつれ、各種スパイスが手に入りやすくなり、また、男性が厨房に入ることを雑誌などが後押ししたことから、『うちのおやじが作るスパイスカレー』というカテゴリーが生まれました。私の息子も父親がスパイスカレーを作るのを真似て作りだしましたし、男子学生の間でも『うちのカレーはおやじのスパイスカレー』と言う意見が少なくありません。スパイスカレーを作るというシーンでは、家庭料理の担い手は女性という固定観念は消えた感がありますね」。
 
家庭料理には、「お母さんが時間をかけて丁寧に作るもの」というイメージもあります。でも、実際に食卓にのぼる料理が生まれるまでのプロセスやその姿も、気づかないうちに多様になっていたようです。
 

■湯澤 規子さん
1974年、大阪府生まれ。筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。専門は歴史地理学、農村社会学、地域経済学。著書に、『胃袋の近代-食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)、『7袋のポテトチップス-食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)、『「おふくろの味」幻想-誰が郷愁の味をつくったのか』(光文社新書)ほか、多数。近刊に、「日常茶飯」をキーワードに、日米の働く女性たちの日々を比較した『焼き芋とドーナツ-日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)がある。
1979年2月発行GREEN No.30

どんな家庭や家族でありたいか

おやじのスパイスカレーもラインナップされるようになるなど、家庭料理はいわゆる「おふくろの味」一色ではなくなってきています。家庭料理のウイングが広がったいま、家庭料理の作り手の気持ちも自由度が増したり、軽くなったりしているのでしょうか。
そう尋ねると、湯澤教授は、ご両親が50年程前に買ったダイニングセットの写真を見せてくれました。
 
「母はこの写真を私に見せながら、『新しい家庭を作りたかったのよね』と言いました。親世代の家庭にならうのではなく、自分たちで自分たちらしい新しい家庭を作っていくんだという意志を、ダイニングセットにも込めたのでしょうね。これらの料理本も母のものです。自分の母親が作らなかった料理を食卓に並べようと、本を頼りに腕をふるったのだと思います。料理はどんな家庭や家族でありたいかという願いとつながっていて、母はこうした一つひとつから新しい日常を作っている実感や楽しさを得ていたのだろうと思います」。
 
その頃のGREENを見ると、オーブン料理やバター料理、世界の料理などが登場しています。「自分の家庭だけでなく、よそ様のことも含めて、家庭への興味が高い時代でしたから、各国の家庭料理にも興味が向いたのだと思います。読者の方々はこうしたレシピを見ながら、『大皿を囲んでみんなで食べるのも楽しそう』など、家族との食事時間の作り方も参考にしたのかもしれませんね」。家庭や家族への関心と、家庭で家族と食べる料理を作ることが、一本の線でつながっていた時代だったのでしょう。
 

(上)1970年代発行の家庭料理本(提供/湯澤教授)
(下)湯澤教授のご自宅にあったダイニングセットの写真
(上)1976年2月発行GREEN No.12
(下)1975年10月発行GREEN No.10

家庭ごとのおもしろさがある

「最近、『レシピを見ないで作る』、『レシピなしで作る』といったフレーズが付いたレシピ本が出ていますね。仕事、子育て、その上料理、しかもレシピ通りに分量をこまごま計って作るなんて無理! 心の中でそう叫んでいる女性たちがたくさんいることのあらわれのように感じます」。そう語る湯澤教授も、仕事、子育て、家事の両立に奮闘してきた女性の一人です。
 
「そもそも家庭料理とは、家にあるものを使って、臨機応変に作る料理。名もない料理も含まれます」と湯澤教授。材料の分量一つとっても、かつては目や手の見当で示す「目秤り」、「手秤り」で良かったものが、小さじ何杯や何gといった数値に置き換えられ、作り方のマニュアル化が進みました。「作り方も材料もマニュアル通りでないと、ちゃんとしたものは作れない。そうした思い込みが強くなり、それが料理をする人を追い込んでしまっているのだと思います。そうなると、料理することがつらくなり、その一方で、レシピなしで作るという言葉が魅力的に感じられてくるでしょう。でも、家庭料理は、厳密でなくてもいいんです」
 
共働きが増えた90年代以降、さまざまな要因で家族のすがたが変わり続けています。しかし、料理は女性が作るものという暗黙のルールや、家庭料理に対する固定概念は根強く残っています。「キャンプなどに行ってみんなでカレーを作ると、材料の切り方などがまちまちで、家庭によって同じカレーでも違いがあることに気づきます。家庭料理も一軒ごとに独自の物語があり、同じメニューでも親や子、孫など、世代によって違いがあります。家庭料理とは器であって、そこに入れる料理は多様です。誰が作るものとも決まっていません。家庭料理には家庭ごとのおもしろさがあることを、広く共有していく時期になってきたように感じています」。
 
湯澤教授は、自身が好きだという「食べごしらえ」という言葉を紹介してくれました。「食べる物をこしらえるというのは、胃袋をどう満たそうかと考え、食卓を調える行為。ごはんだけ炊いて、近所で買ってきたお惣菜を皿に盛り付け、並べるだけでも食べごしらえです。現代の家庭料理や家族の食卓に対しても、これくらいゆったりした捉え方でいいのではないでしょうか」。
 

(上)2002年11月発行GREEN No.204
(下)2016年5月発行GREEN No.285

日常茶飯をおもしろく

「家庭料理は毎日のこと。こまこましたことはやっていられません。失敗してもいいんです。味が足りなかったら足せばいい。料理を作ってお代をいただいているシェフではないのですから」と、明るく笑いながら語る湯澤教授。「失敗しても日々のごはんはこれでいいんだと納得したり、妥協したりを繰り返すのも日常のひとコマであり、失敗しても料理を作っているときは面白かったと思えた経験は糧になります」と、エールになる言葉を寄せてくれました。
 
「家族の間のことでいえば、お母さんが初めて作ったパンは焦げておいしくなかったけれど、そのパンを見てチャレンジするってこういうことかとお子さんが感じ取ったりすれば、いいじゃないですか。家庭料理は、トライアンドエラーの繰り返し。完璧を目指し過ぎて苦しくなるより、エラーも大歓迎とおおらかに構えていればいいと思います」。
 
湯澤教授は、日常茶飯に強い関心があり、研究においても日常からの視点をベースに置いています。「料理を作ることも日常茶飯、つまり日々のありふれたことの一つですよね。それがおもしろければ、生きることもおもしろいんです。今日の夕飯のことより明日明後日、その先々の遠くを見ることに熱心になり過ぎると、目の前の日常が色あせていき、夕飯の支度は気が重くなります。そうではなく、今日、食卓を囲む家族や友人とどんな風に過ごそうかと考えていけば、キッチンに立つことが億劫にならなくなるかもしれません」。
 
 
家庭の数だけ、家族のすがたがあり、家庭料理があります。その一品一品が笑顔で作られ、笑顔で食べられるように。
北海道の農畜産物はおいしさに磨きをかけることで、全国の今日の食卓を応援し続けていきます。