家畜人工授精師/北海道「酪農」を、支える仕事。
牛を見て触って、指先の感覚を磨くことが大切です
JAくしろ丹頂 畜産生産部 家畜改良課家畜改良係 饒村 紫さん
新潟県出身。大学在学中に家畜人工授精師の資格を取得し、2021年にJAくしろ丹頂に就職。
牛の妊娠を手伝う繁殖のプロ
乳用牛は、人間と同じように子どもを産まなければ乳を出すことはできません。
日本では、一般的に酪農家が飼育している乳用牛のほとんどは、人間の手による人工授精で妊娠し、子牛を産みます。その現場で活躍しているのが、「家畜人工授精師」と呼ばれるプロフェッショナルの存在です。
家畜の人工授精を行う国家資格で、近年女性の活躍が増えている職業でもあります。
指先の感触で牛の状態を判断
饒村 紫さんが働く、JAくしろ丹頂は、「釧路湿原国立公園」と「阿寒摩周国立公園」に隣接し、2022年度は、約1万2千頭の搾乳牛から、10万トン以上の生乳を出荷した北海道有数の酪農地域です。
饒村さんの一日は、酪農家からの人工授精の依頼を確認することから始まります。出勤した職員で訪問先を振り分け、毎朝9時から、車を走らせ各牧場へと向かいます。
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「牛の状態は、1頭たりとも同じではないので、判断に迷うケースも多いですが、毎日が勉強です」と話す饒村さんと、酪農家の瀧澤さん
「牛のことは酪農家さんが一番理解しているので、まずは発情が始まった牛の状態を必ず聞き、前回の発情日と照らし合わせて妊娠の可能性を確認します」授精可否の判断には、慎重な見極めが必要で、饒村さんは子宮と卵巣の状態を確かめ、授精可能かを総合的に判断します。今が最適と判断すると、饒村さんは、細長い器具を使って授精します。その間わずか20秒ほど。「一日に訪問できる時間が限られているので、スピードは必要ですが、最も大切なことは、牛の子宮を傷つけないように丁寧に行うことです。さらに、受胎率を上げるためにも、衛生面には特に気をつけており、清潔な状態で器具を入れるように注意しています」と話します。
雄牛によって「乳脂肪が高い」「乳量が多い」など、生まれてくる子牛の資質が変わります。どの雄牛を選ぶかは、酪農家さんの要望で決まります。
農事組合法人清和農場の代表理事、瀧澤一成さんは「うちには約700頭の牛がおり、発情は毎日のようにあります。私も人工授精師の資格を持っていますが、新しい知識も情報量もある専門家に任せるのが一番。頼りにしています」と笑顔で話します。
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人工授精で無事に生まれた子牛
饒村さんは、一日で多い時に20頭以上の牛をみるといい、一年間で授精した頭数は、約2千頭にも上ります。
「人間と同様に、子宮と卵巣の位置や状態には個体差があり、人工授精は個人のスキルが問われます。現場経験を重ねて、指先の感覚を磨くことが大切で、無事『妊娠したよ』と酪農家さんに喜ばれるのがやりがいになります」
家畜人工授精師とは、牛が妊娠し、分娩をして、ようやく搾乳が始まるという酪農経営のスタートを担う仕事だと饒村さんは感じています。
「授精の精度をさらに高めるだけでなく、酪農家さんの経営に沿った提案やアドバイスができる授精師になりたいです」と抱負を語ってくれました。
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饒村さんはJAに就職した同年、さらなる技術向上を目的に、家畜受精卵移植師の資格も取得