松明(たいまつ)のチーズ
~横市フロマージュ舎~
芦別市の由来は、「低木の中を流れる川」という意味のアイヌ語「ハシュペッ」と、「立つ川」という意味の「アシペッ」の2つの説があり、いずれも市の南北に貫流する芦別川から名づけられている。
国産チーズの歴史のなかで、小さな個人経営の工房が出現し始めたのは1970年代半ば。横市英夫さんは、このころチーズ生産を始めた開拓者のひとり。もとは、畑作農家を継ぎ、様々な先進的な手法を取り入れ、10年で道内屈指の搾乳量を誇る酪農家になった。が、折しも牛乳が余り、生産調整が始まるという事態に遭遇し、横市さんは、酪農から身を引き、乳製品づくりを行うことを決断。その根底にあるものは、「家族のためにおいしいものを作りたい」という思いだった。
酪農がひとつの産業の基軸となりつつあるとき、生乳生産からもう一歩踏み込んだ「食文化の中の乳製品」が必要ではないか。規模拡大を進めて、家族がしあわせなのか。おいしい乳製品を食べた家族の笑顔こそ、豊かな人生に繋がると確信し、周囲の反対を押し切り、独学でチーズの製造を勉強し、1979年に白カビチーズの製造を開始した。
「我が家で食べているものを、全国の家族へ」という純真かつ強い気持ちを持った横市さんは、失敗を繰り返しながらも、次第に周囲の評価を集め、小さな工房でも素晴らしいナチュラルチーズをつくることができる、という先鞭をつけることとなった。
チーズ製造のことや、食文化の未来について、たくさんの人が横市さんのもとへ話を聞きに来る。横市さんも、少しでも自分が役に立てればと、請われるがまま、全国で講演することも惜しまない。
自分にスポットライトが当たることを好むのではなく、北海道のチーズを、北海道の風土を、北海道の食文化を、その未来を考え、松明を掲げ、前に前に歩き続ける。
松明は、かざすその人を照らさない。松明のともしびは、自分より先の場所を灯すとともに、後ろからくる人が、それをたよりについてくる目印としてかざすもの。
横市英夫さんの生き方は、まさに、北海道ナチュラルチーズの松明なのだ。
チーズの紹介:
横市チーズ
カマンベールタイプのフラッグシップチーズ。木箱は、創業当初、廃材のべニア板で箱を組み立てていた名残から。ひとつひとつ、箱に工房のマークの焼き印を入れている。チーズは製造から2週間前後の若い状態で出荷されるため、あっさり固めで食べやすいのがお好きな方は、手にしてすぐに食べてみてもよく、賞味期限に近くなるほどコクと風味を楽しめる。
< 横市フロマージュ舎 >
〒075-0041 北海道芦別市本町1077
http://yokoichicheese.com/
2019年から4年間にわたり、北海道のチーズ工房を紹介する「チーズのこえに耳を澄ませば」を連載してきましたが、今回が最終回となります。
現在、酪農をとりまく状況は、飼料や資材の高騰、長引くコロナ禍における乳製品の消費停滞等により、大変厳しい状況を迎え、北海道酪農は岐路に立たされています。
北海道の酪農は、牛の主食である「草」をほぼ自給しており、北海道の大地が育てた乳だと胸を張っていえますし、またその乳からつくられるチーズは、北海道の大地と風土が醸し出した宝物です。
この4年間で紹介したチーズの作り手のみならず、たくさんの「熱意」と、北海道の風土が奏でる「北海道ナチュラルチーズ」という物語が、これからも続いていけるよう、皆さんには北海道のチーズを選んで、食べて、応援していただきたいと思います。
長い間、お読みいただきありがとうございました。