北海道米
「そらきらり」

おいしいの研究

北海道米「そらきらり」

vol.23

研究者:山下 陽子さん

研究者:山下 陽子さん

北海道立総合研究機構 中央農業試験場 水田農業部 水田農業グループ 主査。埼玉県出身。大学進学をきっかけに北海道へ。中央農業試験場遺伝資源部でキャリアをスタートし、作物開発部 生物工学グループでさまざまな作物のDNAマーカーに携わる。3人のお子さんを育てるお母さんでもあり、夏場の趣味は家庭菜園で種から野菜を栽培。

「きらら397」に代わる
新品種「そらきらり」

2023年に新品種として登録された北海道米「そらきらり」。かつて「やっかいどう米(まい)」とまで呼ばれた北海道米のイメージを払拭したロングセラー米「きらら397」に代わる品種として、北海道各地で栽培が広がろうとしています。そんな期待の新星「そらきらり」について、中央農業試験場の山下陽子さんにお聞きしました。

“おいしい”はもちろん、より病気に強い品種を

“おいしい”はもちろん、
より病気に強い品種を

───── 北海道米の新品種「そらきらり」は、2023年にデビューしました。今後、「きらら397」に代わる品種として期待されているそうですが、「きらら397」の名前を久しぶりに聞いた気がします。

 

山下さん: 1988年にデビューした「きらら397」は、北海道米として素晴らしい功績を挙げた品種で、昔は家庭で食べられるお米としてスーパーなどにもたくさん並んでいました。最近では、冷凍のチャーハンや焼きおにぎりなど「中食(なかしょく)」と呼ばれる半調理型食品や、牛丼チェーンのご飯など業務用を中心に幅広い需要があります。消費者が直接、「きらら397」という名前を目にする機会は減りましたが、今でも北海道各地で栽培され、全国に流通しているんですよ。

 

───── それがなぜ「そらきらり」に移行するのでしょうか。

 

山下さん: 「きらら397」は、おいしくて収量もある品種なのですが、いもち病や寒さに弱いという傾向があります。いもち病は、お米にとって最も怖い病気とされていて、これにかかると、イネの生長がストップしてしまうんです。そのような病気や気候の影響で年によって穫れたり穫れなかったりするのではなく、毎年、安定した収量を見込める品種が求められます。その点、「そらきらり」は、いもち病に強く、収量も多いのが特徴です。味わいも、「きらら397」と遜色がないので、今後は業務用を中心とした「きらら397」の需要に応える品種になることが期待されています。

 

───── 「そらきらり」は、「きらら397」の弱点を克服したお米ということなんですね。

 

山下さん: その通りです。いもち病への抵抗性については、かなり強いのでそのための薬剤防除が原則不要です。薬剤を散布する必要がないので、消費者によりクリーンなお米を提供できるとともに、農家さんにとってもコストの削減や省力化が期待できます。

 

作ってよし、食べてよし、加工してよしの「そらきらり」

作ってよし、食べてよし、
加工してよしの「そらきらり」

───── 普段、私たちが家庭で炊いているお米と業務用のお米、どう違うのですか。

 

山下さん: どちらもおいしさが求められるのは当然ですが、業務用は加工されることが前提なので、まずは工場で扱いやすいことが大事です。ほかにも、業務用は製品の均一性が大事だったり、大量に加工したりすることから、収量がある程度安定して見込めることも求められるのです。

 

───── そういった用途をクリアするため、どのように品種の育成を行ってきたのですか。

 

山下さん: どんな用途のお米でも、常に病気や寒さにより強い品種を開発することは継続しています。「きらら397」に代わる強くて収量の多い品種開発に長年取り組んできました。「そらきらり」の開発は、今からちょうど10年前にスタートしています。

 

───── 完成までに10年。その間、どうやって開発が進められたのですか。

 

山下さん: 品種開発には約10年かかると言われています。「そらきらり」の開発に向けては、最初に収量の多い品種と病気に強い品種を交配して、温室で2、3年栽培し種を増やしました。その後、水田に移して数万種類を栽培し、そこからいいものだけを数千種類選んで、翌年、また水田で栽培。次の年には数百、その次の年は数十、さらに翌年には2、3種類まで絞ります。この時点でやっと「空育(くういく)195号」という名前がつきます。これは空知にある中央農業試験場で195番目に開発した品種という意味です。そこから、上川と道南の農業試験場でも栽培試験を行い、翌年から3年にわたり、全道各地のさまざまな水田で栽培試験を実施。「空育195号」になってから3年目、交配から8年目にようやく食品メーカーや外食チェーンで、加工の実証試験や試食を行い評価していただきました。

 

───── どんな評価だったのですか。

 

山下さん: 冷凍食品、牛丼、回転寿司などの業者さんからは、扱いやすさ、食味ともにいい評価をいただきました。収量も全道で「きらら397」に比べて118%の成果を出していましたので、10年目で品種登録に至りました。

 

───── それはうれしいですね。

 

山下さん: うれしいというか、ホッとしましたね(笑)。

求められる声に応えるために研究は続く

求められる声に応えるために
研究は続く

───── まだデビューしたばかりですが、「そらきらり」にはどんなことを期待していますか。

 

山下さん: まだまだ種を増やしている段階ですが、これから「きらら397」に代わって、活躍する品種です。「きらら397」はすごく優れた特性を持っており、北海道米を代表する品種として、30年以上も最前線で使われてきました。それを超えるのは簡単ではありませんが、「そらきらり」も「きらら397」のように、長く広く、みなさんに食べてもらえる品種になったらと願っています。

 

───── 今回「そらきらり」が無事にデビューを果たしましたが、これからの北海道米の品種開発についてどのような研究を行っているのですか。

 

山下さん: 「直播米(ちょくはんまい)」の研究もしています。「直播」や「直播き(じかまき)」と言って、水田に直接種をまいて栽培するお米です。一般的な稲作は、苗を作ってから水田に植えますが、実は農家さんの負担がとても大きいんですね。まだ雪が残る時期からハウスで苗を作って、それを水田に植える。苗はすごく重いので運ぶのも大変です。田植えを省力化するために、直播が今後の成長分野だと思っていますので、その研究も。
ほかには酒米の品種開発も行っています。よりおいしいお酒になる北海道米を作っているところです。

 

───── 作る人、食べる人、そして加工する人のためにも、研究は続いていくのですね。

 

山下さん: そうですね。1つの品種を作るのに10年はかかります。「こういう品種がほしい」という声になるべく早く応えるためにも、10年後を見据えて仕込みをしていかなくてはなりません。時代のニーズや情勢もどんどん変化していきますし、もしかすると10年も待てないかもしれません。
お米に限らず、豆、馬鈴しょ、小麦などさまざまな作物に関して、これまで遺伝資源部で培った経験やDNAマーカー、ゲノムなどの知識、ツールも生かしながら、できるだけ早く品種開発に対応できるようにしておきたいと思います。

 

───── 「おいしい」だけでなく、栽培や加工のしやすさなども考えて、品種開発が行われていることがよくわかりました。ありがとうございました。