小麦
「春よ恋」
[後編]

おいしいの研究

春よ恋

vol.2

研究者:竹之内 悠さん

研究者:竹之内 悠さん

ホクレン農業総合研究所 作物生産研究部 畑作物開発課 。主に春まき小麦の品種開発を担当し、圃場(ほじょう)調査をはじめ、収量や品質の分析など、年間を通じて小麦と向き合っている。趣味は研究。

もっと強く、
もっとおいしい小麦を求めて

道産小麦「春よ恋」は、おもにパン用の強力粉として用いられ、甘い風味やふっくらモチモチした食感でパン好きを魅了しています。では、この大人気の品種は、どのようにして誕生したのでしょうか。前編から引き続き、小麦の品種改良に取り組んでいる竹之内さんに話を聞きました。

幻の小麦・ハルユタカの“子”麦

幻の小麦・
ハルユタカの“子”麦

「ハルユタカ」という道産小麦、パン好きのみなさんなら、その名を聞いたことがあるはず。かつてパン用として一世を風靡した品種ですが、現在の作付面積は「春よ恋」の10分の1にも届かず、「幻の小麦」とも呼ばれています。そして、じつはこの両者、親子なんです!世代交代にはどんな理由があったのでしょう。

「『ハルユタカ』は、非常においしいと言われる小麦ですが、一方で弱点も少なくありません」と竹之内さん。栽培面では、収穫前に穂から芽が出てしまう穂発芽が起こりやすいこと、赤かび病という病気に弱いこと、収量も決して高くないことなどが挙げられるそうです。また、加工面では生地が少し脆く、扱いが簡単ではないとのこと。「そういった部分の改善をめざし、『ハルユタカ』とアメリカの『stoa』という品種の交配によって誕生したのが『春よ恋』なんです」

品種改良にも時短テクニックが!

品種改良にも
時短テクニックが!

「春よ恋」は1989年に開発が始まり、8年後の1997年に品種登録の出願をしています。「これでも短期間なんですよ。交配によって優秀な種子ができても、その特性を固定化するために5〜6年をかけて生殖を繰り返し、さらにその後、北海道各地での適応性試験(収量試験)に5〜6年を要しますので、通常は合わせて10年以上かかりますから」

ということは、「春よ恋」の8年は相当スピーディー。「はい、前半の5〜6年を1年に短縮できる葯培養(やくばいよう)という技術が用いられているんです」。なんと! その時短テクニック、ちょっと難しそうですが、概要だけ教えてください。「通常は、おしべの葯という部分でつくられた花粉が、めしべの先端に受粉することで生殖しますよね。この葯を未熟なうちに採取して培養することによって、遺伝的に固定化された種子を一足飛びで得ることができるんです」

デビューを待つ次代のエースも?

デビューを待つ
次代のエースも?

一気に4〜5年先の未来を手に入れてしまうとは! 「稲などでは昔からよく使われている技術ですが、北海道の小麦としては、『春よ恋』が葯培養によってつくられた初めての品種なんですよ」

ところで、竹之内さんが現在も小麦の品種改良を行っているということは、「春よ恋」はまだゴールではないわけですね? 「はい、『ハルユタカ』より強くなった穂発芽や赤かび病の抵抗性も、秋まき小麦に比べればまだ弱かったり、倒れにくさに関しては『ハルユタカ』のほうが強いということもありますので。じつは、これらの課題を克服している試験中の小麦があるんですよ。『HW8号』といいます。ちなみに『春よ恋』は『HW1号』でした」

おおっ! でもそれってつまり、2〜7号はすべてNGだったと…。「そうですね。裏返せば、『春よ恋』が相当優秀だということです」。そのポテンシャルをさらに上回るという「HW8号」のデビュー予定は、そんなに遠くない未来とのこと。どんな名前になってパン好きを楽しませてくれるのか、今から楽しみですね!