守破離で生み出
されるチーズ
〜白糠酪恵舎〜

白い滴のマリアージュ

今回のテーマ

守破離で生み出されるチーズ
〜白糠酪恵舎(白糠町)〜

「シラリ(磯)・カ(上)」の語源のとおり、水産資源豊かな太平洋岸釧路管内にある白糠(しらぬか)町。
代表の福岡県出身の井ノ口さんは、帯広畜産大学を卒業し、民間企業を経て、北海道の農業改良普及員として白糠町に赴任。その後、よくしてくれた地元の酪農家のために、この地域のために、なにができるかを考えたときに、チーズ職人になる道を選び、イタリアでの修業を重ねて、白糠町で「酪恵舎(らくけいしゃ)」を立ち上げた。
この酪恵舎が、ほかの工房と大きく違うところは、白糠町の酪農家有志たち20名の出資によって生まれたというところ。北海道のチーズ工房の出資で立ち上がった私たち「チーズのこえ」と近い考えを持つ。

彼のチーズづくりの考えは、「守破離(しゅはり)」だと感じる。 たくさんの新しいチーズづくりの胎動が、北海道の中でもあらわれている。そのなかでこそ守破離の秩序が必要であることを、井ノ口さんは今も変わらず投げかけている。
北海道のチーズの先達たちが切り拓いた道、その教えを乞う「守」で土台がつくられてきた北海道チーズの息吹。インターネットも発展し、海外にも気軽に学びに行けるようになり、技術も情報も体得しやすくなった「破」の時期。
では、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階「離」とはなんだろうか。井ノ口さんは、日本人のチーズづくりの特徴として、フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースの「日本人は、自らが自然をコントロールしたり、作為を施すのではなくて、受動的に、素材の本質や特性を引き出し具現化する力を持っている」という言葉を引き合いに出し、生乳が持っている本質を受け止め、チーズの中に取り込んでいくところだと語る。

近代の日本酒醸造において強い香りを醸し出す酵母が選ばれるように、チーズにおいても特定の乳酸菌を選べば、強い「風味」や「香り」を表現することもできる。しかし、日本人がつくるチーズとは、乳を感じられ、優しさと強さが共生していることが感じられるチーズであるべきではないか。
近年の酪農生産資材の上昇もあり、この4月に、北海道内のチーズ用乳価は値上がりする。それに伴い、チーズ価格の見直しを行った工房も多い。そのなかで、技術力を高めることにより、低コストで提供し続けるということも、「食べ物としてのチーズ」を届ける工房の務めではないかと井ノ口さんは続ける。
とってつけたストーリーではなく、ただただ「おいしい」から食卓にのぼる。そんな未来を描きながら、今日も井ノ口さんは技術を磨き続ける。そこに満足するという言葉はない。

現在、イタリアンタイプのチーズを20種類近く製造。コンセプトである「乳の優しさ」を大事にしながら、日本の食文化に取り入れやすいようなチーズをつくっています。

「モッツァレラ」(左) 「これだけは、自分で練らないと」という井ノ口さん。「だから、長期でのお出かけはできないんだ」と笑う。彼にしか作れない、ふわふわなモッツァレラは、チーズのこえにも、毎週土曜日に作り立てが必ず届く。近所の人は、それを土曜の朝の楽しみに買いに来る。

「ロビオーラ」(右) 塩水で2日おきに表面を洗って1か月ほど熟成したウォッシュチーズ。表面はオレンジ色のリネンス菌で覆われ、独特の匂いとむちっとした柔らかさが特徴。強めのお酒とあわせても、また熱をかけてとかしても、その香りがさらに引き立つ。