北海幹線用水路

はるばる来たぜ、食卓へはるばる来たぜ、食卓へ

北海幹線用水路

日本の農地面積の約4分の1を占める北海道(※)。札幌と旭川の間に広がる北海道の米どころ・空知(そらち)地域には、国内最大の農業用水路「北海幹線用水路」が整備されています。総延長は約80km、7市町(赤平市、砂川市、奈井江町、美唄市、三笠市、岩見沢市、南幌町)の約15,000haもの農地を潤しています。今回は、豊かな実りと潤いを支える水の大動脈を、始点から終点までたどってみました。
※農林水産省「耕地及び作付面積統計」2021年度より

明治期の先人たちの“国づくり”発想

農業に必要な水を運ぶための用水路などは、「土地改良法」のもと、土地改良区(水土里ネット)によって維持、管理されています。「『北海幹線用水路』は、明治期に夢を抱いてこの地にやって来た先人たちが集まり、力を合わせて日本の一大米穀地帯にしようという“国づくり”発想から計画されました。一帯を流れる北海道一の大河・石狩川がたびたび大暴れした平野を美田に、との思いは悲願でした」。こう語るのは、「北海幹線用水路」の維持、管理を担う北海土地改良区(以下、同改良区)の長井眞一理事長。1909年に組織され、この計画を立案した空知川かんがい溝期成会は、同改良区のルーツです。

高低差28mの傾斜に沿って水を流す

1929年、「北海幹線用水路」は着工からわずか4年4カ月で完成。当時、東洋一と評されたこの一大プロジェクトは、農業土木の第一人者・友成仲(ともなり・なか)が指揮しました。友成は、土地の傾斜に沿って、水が約80kmにわたって自然に流れるように設計。記録によれば、始点と終点の土地の高低差はわずか28mで、測量技術が現在ほど発達していない中での設計は驚異的でした。当然、大型機械もなく、モッコやスコップ、ツルハシなどを手に汗した多くの作業員もこの工事の陰の立役者です。

過不足なく取水し、誘導する頭首工

用水路のスタート地点は頭首工(とうしゅこう)と呼ばれます。「北海幹線用水路」の頭首工は赤平市にあり、ここでは空知川を堰き止めて取水し、流木などを除去した水を用水路へ誘導します(写真左下)。稼働期間は5月から8月までで、農作業に合わせて5期に分け、指定された水量を取水。その量は多い時には毎秒約45t、一日にすると約386万t、東京ドーム3杯分以上です。降雨による川の増水など、天候の影響を如実に受けながらも、いつ、いかなるときも過不足なく水を取り、流せるように、管理棟では上流水位や各設備の状況をコンピュータで一元管理し、職員が24時間体制で監視しています。

用水路の川越えを助ける、水路橋

頭首工からスタートする水の旅。終点に着くまでには、いくつもの川を渡らなければなりません。そのために完備されているのが水路橋で、「北海幹線用水路」には計15本が架かっています。砂川市のペンケウタシナイ川をまたぐペンケ水路橋(写真)は長さ130m。幅5.6m・深さ3.2mの2本の水路には、水が勢いよく流れていました。この橋は約30年前にコンクリート製に改修されましたが、かつては木製だったそうです。川幅が広い川の場合は、用水路を川の下にもぐらせ、逆サイフォンの原理(※)によって水をくみ上げます。
※水圧を利用して低い位置の水を高い位置まで引き上げること

湖のようなスケールの光珠内調整池

「北海幹線用水路」が稼働する期間で最も水を必要とするのは稲作で代掻(しろか)き(※1)を行う5月、次いで深水管理(※2)が重要な7月。これらの時期に水不足が起こらないように水を貯め、備えているのが、光珠内(こうしゅない)調整池です。水量が多い時に「北海幹線用水路」から水を引き込み、貯めておく1池と、余分な水は川へ、不足時には水を用水路へ流す2池があり、2つの池は中央でつながっています。合計貯水面積は東京ドーム約1個分の約36万㎡、貯水量は約158万t。まるで湖のような巨大な水がめが、水のデリケートな管理を支えています。
※1 田んぼに水を張って、土を細かく砕いてかき混ぜ、土の表面を平らにする作業
※2 田植え後、寒さから稲を守るために田んぼに深く水を入れる作業

流量管理の中枢、集中水管理センター

「北海幹線用水路」は網の目のように分岐される大小の用水路を経由して、水を各ほ場に供給しています。その全貌をリアルタイムで把握し、適時・適切で安全な流量管理を行っているのが集中水管理センターです。水位や流量を観測する計器を約40カ所に、自動監視カメラを4カ所に設置。同センターは、クラウド型web監視システムを通じて各所からあがってくる情報を一元管理し、同時に同改良区の4事業所と情報を共有。さらに、現地の職員もタブレット端末やスマートフォンを通じて情報にアクセスし、遠方監視・遠隔操作、的確な施設管理を行っています。

歴史の流れを子どもたちにつなげたい

ここが「北海幹線用水路」の終点です。頭首工の取水口では14mあった水路の幅が、ここでは1.8mに。この間、水の深さは維持したまま、流れてきています。「北海幹線用水路」は、完成時は土工水路で、やがてブロック水路に、そしてコンクリート水路に姿を変えながら農業を支えてきました。2004年には、土木技術が蓄積された歴史的にも重要な施設であることも評価され、「北海道遺産」に選ばれています。「この用水路を作ったことへの評価と同じくらい、ここに現存し、今も機能していることに意義があると思います。水の流れと同じように、歴史の流れを子どもたちにつなげていきたいです」。長井理事長の言葉には、自負と力強さ、次世代への期待が込められていました。

生産者がいいものを作れるように

「目に見えないものが、食べ物を支えています。消費者のみなさんには、ぜひ、農産物のいいところを探してほしいです。また、生産者のみなさんには、水を利用していいものを作ってほしい。そのために必要不可欠な安全な通水、つまり水を絶やさない仕事に、私たちは使命感を持ってあたっていきます」と長井理事長。北海道の生産者のルーツは、夢を持って新天地を目指したフロンティアです。原野に鍬を入れ、厳しい自然環境と闘いながら、みんなで協力し合って農業を営んできた、その歴史の証人である「北海幹線用水路」は今日も豊かな水をたたえ、流れています。


ひとりの夢がみんなの夢になり、難題を解決してきた先人たち。
その逞しさが、北海道という土地を支えているのだと感じました。
今年の秋、豊作の便りが届くのが楽しみです。

> 北海土地改良区(水土里ネットほっかい)