オール東川町の日本酒造り
[前編]

はるばる来たぜ、食卓へはるばる来たぜ、食卓へ

オール東川町の日本酒造り Vol.1

現役の老舗酒蔵が創業の地を離れ、北海道東川町に移転。このかつてない出来事はニュースとなり、「なぜ?」という疑問とともに全国に広がりました。公設民営方式(※)の酒蔵を設けた東川町、これを機に酒造好適米(酒米)の生産を開始したJAひがしかわ、100年続く酒蔵を目指して新天地へ渡った三千櫻(みちざくら)酒造。三者三様に重要な役割を担い、オール東川町の日本酒造りに取り組んだプロジェクトの軌跡を2回にわたって伝えます。
※酒蔵の建物などは町が用意し、酒造りや蔵の運営などは民間の酒蔵に一任する方式

写真の町は、「東川スタイル」

東川町は、北海道のほぼ中央に位置し、大雪山国立公園の麓にある人口約8,400人の町。町内のあちらこちらに、美しい農村景観が広がっています。町は、こうした環境を活かし、「町民が参加し後世に残るまちづくり」を目指して、1985年に「写真の町」を宣言。それを受けて開催するイベントの中でも、全国高校写真選手権大会「写真甲子園」は特に広く知られています。地域の宝物に着目し、独創的な取り組みを進める東川町。ここでの暮らしを人々は、「東川スタイル」と呼んでいます。

天然の地下水が、町民の生活水

「東川スタイル」に共感した移住者が増えている東川町は、3つの「道」がないことも大きな特徴です。国道、鉄道、なにより上水道がなく、町内の暮らしは天然の地下水でまかなわれています。町産業振興課の菊地伸課長は、「大雪山の雪解け水がゆっくりと時間をかけて流れてくる地下水が、私たち町民の生活水です。約20年前、上水道整備の計画があり、地下水の水質検査を行ったところ、整備の必要がないくらい質が良いという判定が出たほどです」。

「東川米」ブランドを謳う米どころ

「良質な地下水は、おいしい米や野菜を育てる土台でもあります」と口火を切るのは、「みずとくらす®️」をキャッチフレーズに掲げるJAひがしかわ営農販売部米穀課の田渕博之課長。北海道の米どころを自負する東川町での米づくりについては、説明にも力が入ります。「私たちは恵まれた環境の中、栽培技術を高め、おいしい米を生産することで『東川米』ブランドを確立してきました。JA職員が担当する生産者を毎月訪問し、栽培情報を共有するほか、稲作生産者が集う東川町稲作研究会では水稲栽培技術の向上のための調査研究を行っております」。

全国でも珍しい公設民営酒蔵を

地元に良い水と良い米があるのだから、地元で良い日本酒を造れるのではないか。町やJAの関係者たちは、かなり前からそうした思いを抱いていました。2017年6月、町の台湾事務所所長の紹介で、岐阜県中津川市の老舗酒蔵・三千櫻酒造の6代目、山田耕司社長が東川町を訪れ、町長やJA組合長と面談。その席で、「公設民営による酒蔵の建設も考えられるのでは」との話が持ち上がり、その後、全国でも珍しい公設民営酒蔵の実現へ向けて双方が動き始めました。

創業143年の酒蔵6代目との協働

酒蔵を運営する事業者を決めるための審査会は、田んぼに雪がすっぽりかぶっている昨年1月に実施されました。その場に登場した山田社長は、どのような酒を造り、どのように販売していくかなどを詳細にプレゼンテーション。審査員の間では、その情熱とこれまでのキャリアが高く評価され、酒蔵の運営及び新しい町の特産となる日本酒造りは山田社長に託されることが全会一致で決定。東川町の酒造りが第一歩を踏み出しました。

理事が率先して酒造好適米に挑戦

「私たちの役割は、良質な酒造好適米を三千櫻酒造へ提供すること。初めての挑戦ですが、失敗はできないと力が入りました」とJAの田渕課長。酒造好適米は、うるち米と作り方は同じと言われていますが、草丈が長く、籾が大きいなど、性質が異なります。町の酒蔵で醸造する酒造好適米の生産者は、議論の末、JAの理事や役員を含む5軒を選定。栽培1年目の昨年植えたのは、道産酒造好適米の『きたしずく』と『彗星』で、収穫適期を見定めるサンプル採取には、農業普及員に協力を仰ぎました。生産者の栽培に賭ける熱意と覚悟は並々ならぬものがあったようです。

遠方からファンも駆け付けた落成式

東川町とJAひがしかわ、三千櫻酒造が組んでの東川町の日本酒造り。酒蔵が昨年4月に着工し、9月に完成するなど、順調に進んでいきました。その間、山田社長は中津川市の歴史と愛着のある酒蔵を整理し、10月には奥様や杜氏らと共に東川町への移住を終えていました。冬間近の11月には酒蔵の落成式とお披露目があり、遠方から駆け付けたファンも新たな三千櫻酒造の船出に立ち会いました。本州の老舗酒蔵の北海道移転。かつて例を見ない出来事は、多くのメディアで報じられました。

JAひがしかわオリジナル銘柄も

12月29日、町内で栽培された「彗星」、「きたしずく」で醸造した日本酒が完成。東川町、JAひがしかわの職員らが試飲し、その味わい、外観、香りを確認しました。東川町生産者代表として組合長を筆頭に役員が育てた酒造好適米を使い、三千櫻酒造が醸した日本酒は3種類。純米吟醸「北海道東川(とうせん)」(きたしずく100%使用、彗星100%使用の2種)、純米大吟醸「組合長専む」という、JAひがしかわオリジナルの銘柄で販売されています。

100年先を見据えた酒造り

「東川町で第二の人生を歩む三千櫻酒造と共に、東川町らしい日本酒、町民に愛される日本酒を造っていきたい」と抱負を語る菊地課長。JAの田渕課長は「自分で作った酒造好適米が日本酒という製品となって目に見える。その感慨はひとしおだと思います」と生産者の気持ちを代弁します。この事業の合言葉は、「100年先を見据えた酒造り」。その夢は始まったばかりです。

得意なことに正面から真摯に取り組んだ人々が力を合わせれば、新しいムーブメントを起こせる。
そう証明した東川町での物語。
第2部(2021年9月22日公開)は、三千櫻酒造の山田耕司社長の声を中心にお届けします。