北海道米
『ゆめぴりか』

おいしいの研究

ゆめぴりか おいしさの先へ

vol.18

研究者:後藤 英次さん/中村 隆一さん

研究者:後藤 英次さん/中村 隆一さん

後藤 英次さん(左)
北海道立総合研究機構 農業研究本部 上川農業試験場 研究部 生産技術グループ 研究主幹。農学博士。土壌と肥料に関わる研究に20年ほど携わり、現在は研究主幹として各職員の研究のマネジメントに従事。趣味は小説をはじめとした読書。
中村 隆一さん(右)
北海道立総合研究機構 農業研究本部 上川農業試験場 研究部 生産技術グループ 専門研究員。農学博士。稲わらから発生するメタンの調査のほか、2019年にデビューした北海道米「えみまる」の安定生産について肥料の面から研究中。趣味はスキー。

おいしいだけじゃない、
地球にやさしい米づくり

いまや全国に多くのファンがいる北海道の最上級ブランド米「ゆめぴりか」。2008年のデビュー以来、おいしい米づくりに励んできた成果といえるでしょう。そして現在、北海道米の新たなブランド形成協議会(※1)では、地球にやさしいお米という、おいしさのその先をめざす取り組みも進められています。水田から発生する温室効果ガスを減らすというのですが、どういうことなのでしょうか。「ゆめぴりか」を育種した北海道立総合研究機構上川農業試験場へ向かい、お二人の研究者に話を聞きました。
※1 「ゆめぴりか」の品質維持・ブランド化に取り組む北海道内各地の生産者による協議会やJAなどで構成される組織のこと

国際的に進められているメタンの削減

国際的に進められているメタンの削減

───── 「おいしいの研究」という名前のとおり、いつもは農作物のおいしさを追い求めて日々研究を進めている方にお話をうかがっています。一方、今回は水田から発生する温室効果ガスの1つ、メタンの量を減らすための研究ということで、食料生産の1つの側面として興味深いテーマだと思っています。

 

後藤さん: 現在、世界各国でメタン削減が推進されており、日本は2030年までに2013年度比で11%減という目標を掲げています(※2)。国内におけるメタン発生量の45%(※3)、つまり約半分が稲作によるものですから、田んぼで対策をとることがとても重要なんですね。田んぼで3割減らすことができれば、国全体の目標をクリアできますので、そこに向けて稲作に関わる皆さんとがんばっていければと思っています。

 

中村さん: 環境問題というと、ひと昔前までは興味・関心のある人だけが努力しているというイメージがありましたが、全体的な動きを通じて解決しようとする機運が高まっていることを実感しています。

 

───── 温室効果ガスと聞いて、まず思い浮かぶのは二酸化炭素ですが、メタンにはどのような特徴があるんですか?

 

後藤さん: 無色・無臭の可燃性ガスで、人体には基本的に無害です。一方で地球に対する温室効果は高く、二酸化炭素の25倍もあるんですよ。

 
※2 出典:経済産業省ウェブサイト
※3 出典:経済産業省ウェブサイト

田んぼからメタンが出るのはなぜ?

田んぼからメタンが
出るのはなぜ?

───── 25倍! 世界的な課題である理由がよくわかる数字ですね。さて、田んぼで発生するメタンを減らすポイントは、稲を収穫した後にあるようですが、収穫後の田んぼでは一般的にどのような作業が行われているのかをまず教えてください。

 

後藤さん: お米を収穫した田んぼには稲わらが残ります。それをロールベーラーという機械で小さな牧草ロールのようにまとめて搬出し、飼料として提供したり、堆肥にしてから田んぼに戻したりする農家さんもいますが、労力も時間もかかるので少数派ですね。大半の方は、トラクターの後ろにロータリーという道具をつけて稲わらと土を混ぜ込み、微生物による分解を促します。「すき込み」と呼ばれている作業です。

 

───── 土に混ぜ込まれた稲わらは、分解されて養分になるんですね?

 

後藤さん: そうです。その際に二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)が発生します。双方の分子式を見比べてください。Cは炭素、Oは酸素、Hは水素です。稲わらにたくさん含まれている炭素は、分解される際に酸素と結びついて二酸化炭素になったり、水素と結びついてメタンになったりします。酸素がある環境、つまり比較的乾いた状態で分解されると二酸化炭素が発生しやすく、逆に酸素が乏しい水中で分解が進むとメタンが発生しやすいんです。どちらにしても温室効果ガスは発生するけれど、同じ量ならば二酸化炭素のほうがはるかにいいというのは先ほどの「25倍」という数字のとおりですね。

稲わらと土を混ぜるタイミングが大事

稲わらと土を混ぜる
タイミングが大事

───── なるほど、よくわかりました。メタンの発生を減らすためには、乾いた環境で稲わらの分解を促せばいいということですが、そのために必要なことは?

 

後藤さん: まず大切なのは、田んぼの水はけをよくすることです。そのため、収穫後の田んぼに亀裂を入れる心土破砕や排水口へ表面水を流すための溝掘りをおすすめしています(写真左)。そうして乾かした田んぼで秋のうちにすき込みを行うとメタンの発生を抑えられます。秋のすき込みは「秋耕(しゅうこう)」という言い方をします。

 

───── 乾いていないとすき込みができない?

 

後藤さん: 土はホロホロしているほうがいいんです。濡れた状態ですき込むと、練られて固くなってしまい、水はけが悪くなり、作物の根も伸びづらくなります。ですから、秋に濡れたままの田んぼの場合は、春まで待って、雪解け後に乾いてからすき込みを行います。ただ、それからあまり間を置かずに田んぼに水を張るため、稲わらの大半が水中で分解されることになるんですね。つまり、秋耕よりも春耕のほうがメタンの発生量が多くなってしまう。加えて、稲わらの分解初期には稲の生育を阻害する有機酸がたくさん発生します。有機酸は酸素に当たるとパッと消えてしまうので、その点でも秋耕をして春までに分解を促してから水を張るというのが理想的なんです。現状、北海道の田んぼでは秋耕と春耕が半々という状況ですね。

より正確なメタン発生量を長期計測中

より正確なメタン発生量を
長期計測中

───── 地球環境にとっても稲の生育にとってもベターである秋耕の比率を上げることを目指し、上川農試では現在、稲わらの分解によって発生するメタンの量を測定しているそうですね。

 

後藤さん: はい、中村が試験場内で実測しています。秋耕と春耕ではメタンの発生量が違うという報告は少なからずあります。秋耕で減る量は5割や3割ぐらい、2割前後などと条件によって、さまざまな測定データがある状態ですね。

 

中村さん: そこで国としての確定値を出すために7つの道県で測定が進められており、ここがその拠点の1つとなっているんです。

 

───── どのように測定するんですか?

 

中村さん: 試験場の田んぼで実際に秋耕と春耕を行い、そこにチャンバー(写真)という箱型容器を設置して、発生したガスを捕集します。チャンバーに溜まったガスを注射器で抜き取り、それを測定器に入れてメタンの濃度を測るという流れです。ここには6つのチャンバーがあり、それぞれを回りながら捕集し、一定時間でどれだけ濃度が高くなっているかを調べて、年間の発生量を推定します。2021年から始まり、2025年までの5か年計画で進めているところです。

 

───── かなり長期間ですね!

 

中村さん: 発生量の変動が大きいため、1、2年では正確な数字を得られないんです。ちなみに秋耕と春耕の違いだけではなく、稲の生育中の6月末あたりに一度田んぼの水を抜く「中干し」をするかしないかの違いも調べています。中干しをすることで、メタンなどの発生をさらに抑えられることは昔から言われていることですが、それを数値化する試みです。

「ゆめぴりか」が目指すおいしいの先

「ゆめぴりか」が目指す
おいしいの先

───── 根気が必要な調査だと思いますが、どのような点にやりがいを感じていますか?

 

中村さん: 地球規模で温暖化が問題になっていますし、私自身も重要なテーマだと考えています。そこに直接関わる調査研究ですので、とてもやりがいを感じながら進めているところです。

 

後藤さん: 先ほどもお話したとおり、世界的にメタンの発生量を減らそうとしているなか、日本もかなり高い目標を掲げています。稲作には大きな削減の余地があると思っていますので、この調査を通じてしっかりした数字を出し、より多くの農家さんにご理解いただければと思っています。

 

───── 「北海道米の新たなブランド形成協議会」では、「ゆめぴりか」の稲わらの秋耕・搬出を励行していて、取り組みの実施率を、2021年産の51%から、2022年産の70%・2023年産80%、2024年産90%と段階的に高めていく目標を掲げているようですね。(※4)

 

後藤さん: すごい目標ですよね。「ゆめぴりか」が北海道米全体の秋耕をリードするかたちが生まれれば、素晴らしいことだと思います。

 

───── おいしい、そして地球にもやさしい。毎日食べるのがうれしくなるような北海道米がどんどん増えていくことを願っています!