おいしいの研究
大豆「とよまどか」
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研究者:小林 聡さん
北海道立総合研究機構 農業研究本部 十勝農業試験場 研究部 豆類畑作グループ 主査(大豆担当)。北見農業試験場で小麦の品種改良に11年間携わった後、2013年から十勝農業試験場で大豆の品種改良に取り組んでいる。趣味は北海道コンサドーレ札幌を中心としたサッカー観戦。
北海道の大豆で、
もっとおいしいお豆腐を!
国内の大豆生産量の4割近くを占めている北海道。さまざまな品種が栽培されていますが、なかでもいま注目したいのが、おいしい豆腐をつくることができるという『とよまどか』です。今年から本格的な普及が始まったばかりのこの品種について、育種に携わった小林さんにお話を聞きました。
長く険しい新品種誕生への道のり
ここは芽室町にある十勝農業試験場。広大な試験圃場内にある大豆のエリアまで、小林さんが車で連れてきてくれました。いったい何種類ほどの大豆が植えられているのでしょう。「育種の初期段階のものを、1個体ずつ違うものとしてカウントすれば約10万種類です」と小林さん。10万ですか! そこから有望なものが絞り込まれていくわけですね。「そのとおりです。今年選抜されたのは、4年目のものが約3,500系統、5年目のものが438系統で、それぞれ次の段階に進みます」
どのような評価項目があるんですか? 「段階によって異なりますが、倒れやすさ、種子の見た目、成分、加工適性、収量性、病害障害抵抗性などが評価されます」。そして、6年目以降も選抜は続くんですね? 「はい、今年は6年目で44系統が選ばれました。この段階まで来ると、十系○○号という番号が付けられます。十勝の「十」です。『とよまどか』は十系1164号でした。さらなる有望系統には7年目以降、十育○○号という番号が付き、『とよまどか』は十育258号でした。ここまで残るのは年に2~3系統だけですね」
この時点で相当なエリートだと思いますが、7年経ってもまだ「品種」にはなれないんですね。「品種に認定されるまでは、最初の交配から10年かかるのが一般的です。ちなみに十育の最新の番号は275号ですが、258号の『とよまどか』以来、品種になったものはありません」。長く険しい新品種誕生への道のりですが、それだけ『とよまどか』はとんでもなく優秀ということなんですね!
さやの中に何粒?
も大事なチェック項目
「これが『とよまどか』ですよ」と、小林さんが葉をかき上げ、まだ緑色のさやの様子を見せてくれました。おお、これは枝豆としてよく見るビジュアル! 「はい、ゆでれば食べられます。ただ、もう9月ですから、成熟が進んで少し固くなっているので、しっかりゆでないといけませんね。この後、さやが黄色くなり、さらに茶色になって葉が落ちると、大豆としての収穫期になります」
この試験圃場には、どのような用途の大豆が植えられているんですか? 「私たちの調査研究や品種開発の対象は、豆腐や納豆、煮豆などの加工品に使うことを目的とした大豆で、この圃場では主に同じ面積からどれくらいの量が穫れるのかという収量性に関するチェックをしています。1さやの中に入っている粒の数を調べるのもその一環ですね。2粒のさやが多いのか、3粒のさやが多いのか。『とよまどか』は『ユキホマレ』よりも粒の数が多くなるという特長もあるんですよ」。
おばあちゃんとお父さんのいいとこ取り!
その『ユキホマレ』とは、『とよまどか』の言わばおばあちゃんに当たる品種で、北海道の作付面積の半分近くを占めるという大豆界のスーパースターですね? 「そうです。ただ、本州の大豆に比べると豆腐にしたときに固まりにくかったり、花が咲いた後に低温になると、種が割れる『裂開(れっかい)』という現象が起きやすい弱点があります。それらを補うように改良されたのが、『とよまどか』の父親『とよみづき』で、2012年のデビューから順調に作付面積が伸びています」。
ただ、その後に『とよまどか』が生まれたということは、『とよみづき』にも改良の余地があるということですね? 「はい、豆腐が固まりやすくはなったのですが、今度は甘みの面で少し物足りないという声が出てきました。そこで、『ユキホマレ』の甘みと、『とよみづき』の固まりやすさのいいとこ取りをめざして育種されたのが『とよまどか』というわけです。2018年に北海道の優良品種として認定されました」。
まさにおいしい豆腐づくりのために生まれてきた品種なんですね! 「はい、試験の段階からメーカーさんには好評をいただいています。作付面積はまだこれからですが、ぜひ順調に伸びていってほしいですね」。これからの寒い季節、湯豆腐にして『とよまどか』のおいしさを堪能してみたいです! さて後編では、大豆の品種改良に関わる試験などについて、さらに追求していきますよ。