鳥のさえずりに寄り添うチーズ
~チーズ工房チカプ~

白い滴のマリアージュ

今回のテーマ

鳥のさえずりに寄り添うチーズ
~チーズ工房チカプ~

北海道の東端。アイヌ語の「ニムオロ(木の繁るところ)」に由来する根室市。
工房名がアイヌ語に由来するチーズ工房チカプは、根室市にある唯一のチーズ工房だ。

菊地亮太さん・芙美子さん夫妻が営むチーズ工房チカプとの縁は、芙美子さんのお姉さん夫婦が営む横峯牧場との出会いにさかのぼる。牧場主である庸(やすし)さんは、15年ほど前、新規就農を目指し、興部(おこっぺ)町で研修を受けていた。一方、網走支庁(現オホーツク総合振興局)で新規就農支援を担当していた私は、仕事外の時間も放牧酪農の交流会などに顔を出し、新規就農した方や、就農を目指している方と情報交換などを行っていた。そうした交流の中で庸さんと知り合った。

2011年春、横峯夫妻は根室市内の離農跡地を修繕して新規就農。牧場内には前の経営者がつくった小さなチーズ工房も残されていた。同年5月、東京でシステム開発の仕事をしていた亮太さんとウェブデザインの仕事をしていた芙美子さんがその牧場を訪問。根っからの北海道人の私も、根室の景色や空気は、一種独特のものがあると感じる。静と動。風の音、静けさの中に響く鳥のこえ。亮太さん、芙美子さんも、何度か訪れたことのある北海道とはいえ、根室の自然に圧倒されたという。

「チーズ工房あるんだけど」。姉夫婦からかけられた何気ない一言から、いろいろなことが動いていく。初めて飲んだ根室産の牛乳、足を延ばした中標津(なかしべつ)町で食べた小さなチーズ工房がつくる熟成チーズ。初めての感動経験の連続が、二人を突き動かしていく。来訪時には考えもしなかった移住、転職。やったこともないチーズづくりだったが、初めての根室訪問から半年後には、中標津町の三友牧場で住み込みの修業を始めていた。

1年半の修業の末、2013年12月にチーズ工房チカプをオープン。チーズには、「チカプ(鳥)」の通り、根室に生息する野鳥の名前を付けている。さすがデザインの仕事をされてきたこともあり、芙美子さんの手による洗練されたパッケージデザインと、亮太さんと共につくるチーズのクオリティは、立ち上げ当初から多くのファンを魅了している。

生乳は、草の生育、気象条件などで日々成分が変化する。その生乳を原料としたチーズ作りは技術と忍耐を要する。しかし、根室訪問から導かれるようにチーズづくりの道に進んだように、困ったときも鳥のさえずりが、未来へと誘ってくれるように思う。なるようになるさ、と。