謙虚と研鑽の積み重ねのチーズ
~きた牛舎~

白い滴のマリアージュ

今回のテーマ

謙虚と研鑽の積み重ねのチーズ
~きた牛舎~

アイヌ語の「ピウカ」(石の多い場所)に由来する美深町。平地ではもち米の生産と、酪農が盛んな地域。
家畜商(※)だった父が拓いた島牧場。次男の島英明さんは、父が寒さ厳しい美深の町に酪農入植した歴史と、牛がいる原風景を残したいと一念発起。兄が継ぐ牧場に隣接する場所に、2010年にチーズ工房を設立した。
函館で広告関係の仕事をしていた島さん。チーズ工房立ち上げのために、道内で行われているチーズ製造研修会に積極的に参加。若者にまじり、ひとつひとつ真剣に質問を重ねていく姿に、周りの人たちは刺激を受けたと言う。と同時に、物腰が柔らかく、笑顔を絶やさない人柄は、多くの人から愛され、応援する人が増えていった。
※家畜商…牛、豚、馬などの家畜の売買、交換、斡旋を生業とする人

島さんのチーズづくりで大切にしていることは、ただひとつ。「美深という土地とともにある」ということ。干し草や、飼料用とうもろこしを原料としたサイレージ(発酵飼料)を中心に育てられた牛からいただく生乳。そこからつくるチーズは、複雑な工程を経ず、乳の美味しさを表現できる種類を選んでいる。牧場を開いたときの最初の牛の名前にあやかり、「フエルサンゴ」と名付けたストリングチーズからは、特に乳の美味しさを表現したいという島さんの思いが伝わってくる。
また、「美深のじゃがいもは美味しいから、うちのラクレットを美深のじゃがいもの上に溶かしかけて食べてほしいんです」というように、いつも美深でとれた農産物との組み合わせで食べてもらえるよう、アイデアを考えている。

個性や風味が強いチーズにあまり慣れていない人にも、親しみやすい優しいチーズ。島さんは、「おとなしい味」と謙遜するが、一緒に食べる野菜を引き立ててくれ、毎日食べても食べ飽きない。ミルクの甘さが感じられるチーズの味わいは、島さんの温かい人柄そのものだ。
実は今春、兄が離農。島さんも、美深でチーズづくりを続ける気力を失い、どうしようかと考えたそうだ。しかし、美深の町の皆さんから、町のチーズをなくさないでほしいというこえが多く、工房の継承者を募集しながらチーズづくりを続けている。
来春からは、「きた牛舎」の、次なる挑戦も始まる。謙虚と研鑽、そして挑戦。島さんの物語は、まだまだ始まったばかりかもしれない。

チーズの紹介:しろかんば
酵母熟成タイプの「しろかんば」は、北海道弁でいう「白樺」の意味。チーズの白さと表面の質感は、白樺の木肌を連想させる。日にちがたつにつれ、熟成がどんどん変化していき、賞味期限間近になると、トロットロで、とても味わい深くなる。