髙橋 洋平さん
佐和子さん
(JA新はこだて)
農家の時計

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今回の農家さん

髙橋 洋平さん 佐和子さん(JA新はこだて)
せたな町出身で、農家の二代目として就農した洋平さんは、農業系の大学を卒業後、ドイツの養豚農家のもとで1年間研修し、2004年に就農。2005年に有限会社高橋畜産の代表取締役に就任。妻の佐和子さんは、沖縄県出身。獣医師として函館の動物病院に勤務後、2006年に結婚を機に就農。3児の母。

JA新はこだての特産物『若松ポークマン』とは?

北海道南西部の日本海に面し、水稲、畑作、酪農など多様な農業が行われている、せたな町。『若松ポークマン』は、1996年に同町若松地区の8戸の生産者で立ち上げたブランド豚で、現在ただ1戸残る髙橋さんの農場では、肉質の軟らかさに定評のある品種「ハイコープ豚」を、飼料の一部に地元産の米を加えて育てています。
出荷基準をクリアした豚の中でも、全体の3割ほどの最上位ランクの肉だけを『若松ポークマン』として販売。その味は雑味がなく、うま味のある赤身とさっぱりとした脂身が特徴です。『若松ポークマン』は、町内のスーパーやオンラインショップで販売しており、ふるさと納税の返礼品としても使用されています。
 

■髙橋さんの1日

昼食後から16時まで、
畜舎を隅々まで清掃

髙橋さんの農場では、母豚140頭と1300頭の肥育豚を、夫婦2人のほかパートさんなど4人で飼育しています。
その飼育方法は、母豚を7つのグループに分け、3週間の間隔を置いて交配、分娩、離乳をさせる「3-7(スリーセブン)」方式と呼ばれるものです。「3週間のうち1日に交配を集中させると、子豚が一斉に生まれます。繁殖に関わる作業を集中させることで、その日1日は非常に忙しいですが、ほかの日は餌やり程度で済ませることができるんです」と洋平さん。佐和子さんは「分娩や保育期間が集約されるため、集中して対応でき、病気や事故を減らすことができます」と説明します。
1日の作業の中で、昼食後から16時まで主に洋平さんが行うのが畜舎の清掃作業です。「安全・安心な豚肉を生産するためには、安全・安心な衛生環境を整えることが欠かせません。洗浄、消毒したきれいな畜舎は、豚の病気の予防になるだけでなく、自分たちが毎日気持ちよく仕事ができる効果もあると感じています」
 

健康的で、
安全・安心なSPF豚を生産

生まれたばかりの豚の体重は、1.4kgほど。離乳後は肥育豚として飼育され、体重が120kg程度になると出荷します。一般的には、出荷までに半年ほどかかると言われていますが、髙橋さんの農場では、平均145日ほどで出荷できるのだそうです。
「せたな町の環境がいいのか、餌が合うのか、すくすく育ってくれるんです」と洋平さん。同農場は、日本SPF豚協会が定める設備や防疫管理、薬剤使用の制限など厳しい飼育環境・衛生検査基準に合格したSPF認定農場で、安全・安心な豚肉の生産に努めています。
「就農当初は豚が病気になりがちで、生産成績も悪かったんです」と、洋平さんはSPF豚の生産を始めた経緯についてこのように話します。専門家のアドバイスを受けながら衛生環境を見直し、2017年にSPF豚の生産のために農場を新設しました。
「SPFで育てるとなると、畜舎に入る際には毎回シャワーを浴び、道具もすべて殺菌するなど、菌を侵入させない施設設計が求められます。衛生管理に非常に神経を使いますが、病気やウイルスに感染させない健康的な豚の飼育を目指すほうが、豚にとっても自分たちにとってもメリットが大きいと考えました」
佐和子さんは「農場の豚たちがどんどん病気にかかって手の打ちようがないという状況にならないためにも、日々の仕事に手を抜かないようにしています」と力を込めます。
現在は、病気を予防するためのワクチン接種や、健康診断を定期的に行うほか、豚の発育にあわせた温度管理や栄養の管理などにも注意を払い、抗菌薬をなるべく使用しない飼育を行っています。
 

農場のほかに獣医師や審査員など、
精力的に活動

佐和子さんは、農場の作業をしながら『高橋とんとん診療所』の獣医師としても活躍しています。「就農当初は、豚の病気を最小限に抑えるために薬剤に頼っていました」と佐和子さん。しかし、目の前の病気を治すだけでは農場のためにならないと気づき、豚を病気にさせずに健康に育てる「予防衛生」という観点から、農場の生産成績の向上をサポートする「コンサルタント獣医」の知識を学んだそうです。
「さらに、出産や子育てを通して食の大切さへの関心も深まり、衛生的な飼養環境を指導できる『農場HACCP』や『JGAP』の審査員資格も取得しました。もちろん自分の農場の審査はできませんが、実際に農場で取得した時には、これらの知識がとても役立ちました」
「農場HACCP」とは、食品の安全を確保するための手法「HACCP」を農場にも取り入れた、畜産農場における飼養衛生管理方法の一種です。一方、「JGAP(畜産)」とは衛生管理体制や、アニマルウェルフェア(動物福祉)や労働者の安全対策など、基準を満たす農場の国内認証制度のこと。現在、佐和子さんは道内各地の農場に出向いて審査業務を行うほか、農場マネジメントの構築指導や講演活動なども精力的に行っています。
「『農場HACCP』を取得して得られたことや、養豚の魅力はたくさんあります。うちの場合、豚は生まれてから出荷まで5カ月弱で飼養管理の成果が出るため、検証と改善が次々にできることにやりがいを感じています。また、農場では年間約330回の分娩があります。お産の緊迫感から無事に生まれた時の喜びは大きく、子豚たちを見ているだけで癒やされます」

 

研修生の受け入れを通して、
北海道と畜産業界へ恩返しをしたい

同農場では、豚の糞を米のもみ殻と合わせて堆肥を作り、地域の農業に還元するなど、地元の生産者と協力して持続可能な農業にも取り組んでいます。加えて、直売所の運営や、地元の小中学校への食育などを通して、農場と食卓の距離を近づける活動も行っています。
安全・安心な豚肉を提供したいという思いと日々の努力が実を結び、髙橋さんの農場は、一般社団法人日本SPF豚協会の選考において、生産成績と衛生管理が、総合的にみて優れている農場を表彰する「コマーシャル農場総合生産成績部門」の最優秀賞を受賞しました。
「ここまでの成果を上げることができたのは、地域の方々に支えられたおかげです。これからも『地域の誇りとなる農場、地域に愛される豚肉づくり』の理念を忘れず、養豚技術を向上させていきます」と洋平さんは笑顔で話します。
受賞後は、全国各地から研修の申し込みが増えているそうで、洋平さんは「農場も直売所も、ほぼ夫婦2人で行っているので、研修生の中からここで働きたいと思ってくれる人がいたらうれしいです。新商品の開発やイベントの参加など、できることはまだまだあると思っています」と抱負を語ります。佐和子さんは、「私自身が学生時代から現在まで多くの方のお世話になってきたので、研修生の受け入れは北海道と畜産業界への恩返しだと思っています。うちの農場を見て、“養豚をやりたい!”という人を増やしていけたらうれしいです」と話しました。
 
豚に真摯に向き合いながら、楽しんで仕事をしているお二人の姿勢に、頭が下がる思いです。後日食べた『若松ポークマン』の豚肉とソーセージは、噛むほどにやさしい味わいで、お二人の人柄を感じるおいしさでした。