加工用にんじん

おいしいの研究

加工用にんじん

vol.15

研究者:平原 啓甫さん

研究者:平原 啓甫さん

ホクレン農業総合研究所 作物生産研究部 園芸作物開発課。2014年のホクレン入会から玉ねぎの品種開発に6年間携わった後、3年前からにんじんをメインで担当しながら、玉ねぎにも関わりつづけている。趣味はテニスとランニング。にんじんを使った好きなメニューは、沖縄県の郷土料理「しりしり」。

カット野菜やジュースに
向いたにんじんとは?

和食にも洋食にも、豊かな味わいと鮮やかな彩りをもたらしてくれるにんじん。国内外で広くつくられていますが、比較的低温を好むこともあって、国内での収穫量は北海道が第1位なんです!(※)なかでも今回ピックアップするのは、加工に特化したにんじん。とても身近な野菜の、知られざる側面について、ホクレン農業総合研究所の平原さんに聞きました。
※農林水産省「作物統計調査」2020年より

にんじんの品種、普段は意識しませんが…

にんじんの品種、
普段は意識しませんが…

スーパーの野菜売り場で、いつも何気なく買い物カゴに入れているにんじん。じゃがいもやトマトなどは品種やブランドが書かれていることがほとんどですが、にんじんは産地の記載のみということが多い気がします。「でも実は、国内で生産されているにんじんには様々な品種があり、研究対象として、個人的にはとてもおもしろい作物です」と平原さん。

私たちが青果として買うにんじんで、メジャーな品種といえば? 「いま北海道で最も生産されているのは『晩抽天翔(ばんちゅうてんしょう)』ですね。また、全国的にどこでもつくりやすい『向陽二号』というベストセラーもあります。ただ、にんじんの育種は、農家さんのつくりやすさを重視しているため、たとえばこの2つを食べ比べても、味や食感に大きな違いはないと思います」

つくりやすさというと? 「たとえば、にんじんは根菜類ですが、畑で育てている途中で花が咲いてしまうと、根、つまり食べる部分に芯ができて、包丁では切れないほど硬くなってしまうんです。このように花が咲いた状態を抽苔(ちゅうだい)と呼びます(写真)。つまり、抽苔になる時期が遅い品種ほど育てやすいというわけです。『晩抽天翔』の“晩抽”は、まさにそういう意味ですね」

にんじんらしくないにんじんへの需要も

にんじんらしくない
にんじんへの需要も

品種によって外見の違いはあるのでしょうか。「逆三角形で肩が張りやすいもの、お尻(先端)が尖りやすいもの、逆にお尻が丸まりやすいもの、色の濃淡の傾向などもあります。ただし、にんじんは同じ品種でも個体差が大きいんですよ」。なるほど、いくつかの品種をシャッフルし、そのなかから1本引いて品種名を当てることは、平原さんのような専門家でも難しいと。

「はい、当てられないですね(笑)。形状の話をすると、一般的にはご家庭でも加工業者さんでも、お尻が丸まったにんじんのほうが使いやすいのではないでしょうか。ソーセージのように肩からお尻まで均一なほうが切りやすいですよね」。たしかに、輪切りやいちょう切りでは、そのほうがサイズを揃えやすいですね。「コンビニなどで見かけるスティックにんじんなども、ソーセージのような形状のほうが、機械でカットする際にロスが少なくなります」

今回のテーマである加工のお話が出てきましたね。ジュースの場合、砕いてしまうので形状は問われない感じですか? 「はい、ジュース用はどちらかというと、糖度の高さを求める加工業者さんが多いです。また、青臭さが少ないもの、つまりにんじんらしさが少ないものが好まれる傾向はあると思います」

太く短く丸く。加工用にんじん「カーソン」

太く短く丸く。
加工用にんじん「カーソン」

ひとくちに加工といっても、カット野菜やジュースなどの製品によって求められる要素は異なるわけですね。つまり、加工用にもいろいろな品種があるということだと思いますが、なかでも人気の品種を教えてください。「現在、加工用として北海道で最も生産されているのは『カーソン』です(写真)。種苗会社からの提案があり、私たちホクレン農業総合研究所(以下、農総研)で数年かけて試験・評価をして選定した品種です」

その特徴とは? 「青果用の場合、大きすぎると店頭で手に取ってもらいづらくなるため、適度なサイズになったら収穫します。種まきから100日ぐらいですね。一方で加工用は収量を重視して大きく育てたい。そこで120~130日ほどかけて太らせてから収穫するのですが、そうすると先ほども話に出た抽苔になるのが遅くて、さらに太らせてもひび割れしにくいなどの特性が求められます。『カーソン』はそれらの点がとても優れているんです。また、長くならずに太って、お尻も丸っこいため、収穫時に折れてしまうことが少ないというのも高く評価されているポイントです」

食味試験では、生の輪切りを食べ比べ

食味試験では、
生の輪切りを食べ比べ

サイズアップしやすく形も理想的な「カーソン」ですが、食味の面はいかがでしょう。「これも評価が高く、カットからジュースまで幅広く使われています」。非の打ち所がない感じですね! ちなみに育種や選定の過程で行われる食味試験はどのように? 「厚さ3~4mmの輪切りにして、そのまま生でかじります。調理をすると青臭さなどがわかりづらくなってしまうからです」

評価の方法は? 「最初のほうで話に出た『向陽二号』を標準品種として、対象の品種と一緒に食べ、5段階評価を行います。『向陽二号』を3として、それよりも甘いかどうか、青臭さはどうか、ということを評価していきます。幸い、にんじんは個人的にとても好きな野菜なので、苦ではないですね(笑)」

次世代の加工用にんじんトップをめざして

次世代の加工用にんじん
トップをめざして

ここまで「カーソン」という品種を中心に、加工用にんじんについて教えていただきました。「カーソン」は種苗会社から提供されたものですが、農総研では育種にも取り組まれていますよね。「はい、加工用を中心に育種を続けてきました。1つの品種が生まれるまで、10~15年ほどかかります。今は生産量で『カーソン』に抜かれましたが、それ以前はトップだった『紅ぞろい』という品種も、農総研で育種したものです」

「カーソン」が「紅ぞろい」を抜いた理由とは? 「抽苔になりづらいという性質は『カーソン』の登場によって1段階レベルが上がった感じですね。収量性も高く評価されています。ですから農総研では現在、『カーソン』を超える収量性をテーマに、さまざまな品種を掛け合わせ、新しい加工用にんじんの育種を進めているところです」

先ほど、ハウスで育てているにんじんの花や種を見せてもらいましたが、あれも育種の途中段階のものですよね? 「そうですね。いま育てているのが200種類ほど。そこから1つか2つ、いいものが出てくれば…という感じですね。生産者さんや加工業者さんのニーズに応えられる品種を生み出すハードルは高いですが、大きなやりがいを感じています」