ながいも
「とかち太郎」
[後編]

おいしいの研究

ながいも「とかち太郎」

vol.11

研究者:田縁 勝洋さん

研究者:田縁 勝洋さん

北海道立総合研究機構 十勝農業試験場 研究部 生産技術グループ主査(取材時)。1990年に上川農業試験場からキャリアをスタートし、水稲「ななつぼし」などの品種開発を担当。その後、十勝農業試験場でながいも「とかち太郎」などの開発に携わり、花・野菜技術センターを経て2018年から現職。趣味は散歩。

誕生からデビューまで
「とかち太郎」物語

日本一のながいも産地、十勝地方が今、新たな時代を迎えつつあります。これまで異なる品種を植えてきた複数のエリアで、太くて収量性が高い理想的な新品種「とかち太郎」への移行が始まっているのです。前編に引き続き、品種改良の手法などについて田縁さんにお話を聞きました。

そもそもながいもは、どうやって育てる?

そもそもながいもは、
どうやって育てる?

突然ですが、ながいも栽培のファーストステップをご存じでしょうか。ながいもは花を咲かせるものの、そこから種ができることはほとんどないそう。そこで前年に収穫したながいもを種いもとして植える、または葉の付け根にできるムカゴという肉芽(にくが)を植える、いずれかの方法が一般的とのこと。同じ十勝でも地域によって主とする方法は分かれるようですが、田縁さん、たとえば種いもの場合はどんな工程になるのでしょう。

「まず、種いもの殺菌ですね。十勝はこの技術が特に優れているため、面積あたりの収量が高いんです。殺菌された種いもは、100gほどにカットされます。これを切りいもと言います」。ということで田縁さんにカットの実演をしてもらったところ、100g前後を連発。さすが! 「いやいや、慣れですよ。1年経つと勘が鈍るんですけど(笑)。切りいもは表面を乾かしてから一定の温度で1か月ほど保管すると芽を出します。それを畑に植えるという流れですね」。

発想の転換が生んだシンプルな品種開発

発想の転換が生んだ
シンプルな品種開発

さて、以上を踏まえたうえで「とかち太郎」の開発について教えてください。「切りいもから出る芽はクローンなので、そこから生まれる新しいいもの形質は変わりづらいんです。だからこそ商業栽培に向いています。一方で、いもの先端に一つだけ、頂芽(ちょうが)と呼ばれる芽がつくんですが(写真、○印部分)、これを育てると突然変異でまったく異なる形質のいもが生まれやすいんです。だから当然、頂芽を使って栽培することはありません」。

たしかにバラバラないもが出てきたら商品として成り立ちませんものね。「逆に頂芽のその性質を利用したのが今回の品種開発なんですよ。500個ほどの頂芽を植えると、いろんないもが出てきます。そのなかから特に太いいもを30本ほど選び、その翌年にはそこから優秀な4本、さらに翌年に最高の1本として選ばれたのが『とかち太郎』なんです」。

その後、生産力検定試験などを数年行い、トータルで8年を要したとのことですが、特に難しかった点は? 「んー、正直そんなに難しくないんですよ(笑)。品種開発というのは異種交配とか、バイオテクノロジーとか、いろいろと高度な手法がありますけれど、これは頂芽を土に植えて普通に育てるだけですからね。ただ、利用価値がないと思われていた頂芽を活用するという発想の転換をできたのは大きかったと思います」。

開発者冥利に尽きる新品種デビュー

開発者冥利に尽きる
新品種デビュー

つまり、頂芽を積極的に使った初めての品種改良ということですね! でもなぜそのような発想ができたのですか? 「私が十勝農業試験場に来たときの上司のおかげかもしれません。その人は果樹に携わっていて、『枝変わり』の話をよくしていたんです。ある枝にだけおいしい果実ができるといった変異現象の一つですね。その話を聞いているうちに、ながいもの頂芽も一緒じゃないかと思ったわけです」。

それをきっかけに地域が求める理想的な新品種「とかち太郎」が誕生したんですね! 「ただ、今回は生み出すことより、世に出すことのほうが大変だったのではないかと思います。すでに十勝のながいもには確固たるブランド力がありますから、『なんで置き換えないといけないの?』という意見も当然出てきます。そんななかで関係者のみなさんが、ながいも生産の未来を見据えながら協議を重ね、従来品種から『とかち太郎』への移行を決断をされたんです」。

その決断を聞いたときのご感想は? 「新しい品種が生まれたとしても、実際に農家さんに育ててもらえるとは限りませんが、今回は十勝のながいもの多くが『とかち太郎』に置き換わることになりました。これは私にとっても最初で最後の経験かもしれません。それくらい幸せなことで、これで仕事をやめてもいいほどです。やめませんけど(笑)」。さて、4月〜5月からは春掘りの「とかち太郎」が市場に出回るとのこと。新鮮なシャキシャキ&トロトロをぜひお楽しみください!