深川の栽培方法、ここがちがう!
全果樹園が「わい化栽培」を採用
北海道はりんご産地の宝庫。各地でそのおいしさに磨きをかけています。田川さんには、まず、深川市の産地としての歴史から聞きました。
「1894年、村上亀五郎という方がりんごの苗木を植栽したことが始まりです。転機は、昭和から平成にかけて、『わい化栽培』を導入したことで深川のりんご作りがぐっと進化します。小さい木を密にたくさん植える『わい化栽培』は、脚立を使わなくても手を伸ばせば収穫できるため、作業がラクで、たくさん植えているので自然災害にあっても収量が確保できるんです」
確かに、「イルムの丘のりんご園」の木はどれも細身で、手を伸ばしやすいところに実がなっています。田川さんによると、市内に11ある全果樹園が『わい化栽培』を採用しているそうで、地域を挙げて同じ方式をとることで収量が安定し、ノウハウも蓄積できるそうです。
私はこの話を聞いて、スペインのサンセバスチャンという町の料理人たちが技術を共有し、全体の底上げに成功したことを思い出しました。こうした事例はそれほど珍しくはありませんが、途中で頓挫することも多いものです。深川のりんご生産者が団結し、この栽培法にこだわり続けていることは本当に素晴らしいと感じました。
1本の木からりんごができるまで
育てる人もりんごも10年かかる
「イルムの丘のりんご園」は、市街を見下ろす高台にあります。田川さんは「初めの頃は、よく迷子になった」と苦笑しますが、私には迷子になってもいいと思えるほど気持ちの良い環境です。
「私、前職は大工なんです。15年前、農園を経営していた義父が倒れ、後を継ぎました。りんご栽培とは無縁だった私に、地元の先輩たちが木の剪定の仕方などを手取り足取り教えてくれました。ありがたかったです。ひと通りのことが分かるまでに10年かかりましたが、すぐに分かりきらないところに逆に面白味を感じました」
りんごの栽培は、3月頃、折れた枝や伸びた枝を切り取る「枝払い」から始まります。開花は5月頃からで、つぼみや花の時期に「摘花」を行います。これは、状態の良い「中心花」のみを残し、周りの花を摘み取る作業です。次に実を選ぶ「摘果」を行います。これも「摘花」同様、状態の良い「中心果」を5個程度残すことが基本で、この2度の選別に技量が出ると言います。りんごが生育し色づいてくると、りんごに影を落とす葉を摘み、まんべんなく太陽の日差しが当たるように一個一個を手でまわします。この作業も、熟練者でないとうまくできないそうです。
「この農園には18種3000本が植えられています。その内、りんごを収穫できる木は8割程度。りんごは木を植えた翌年から収穫できるわけではないんです。実がなるのは5年目で2、3個、10年目で100個くらい。ここの木の2割が育成中で、木は品種を問わず、15~20年で更新しています」
もぎたてのりんごのおいしさ
甘く、酸味が少なく、
ジューシーな『深川産りんご』
りんごのことを勉強したところで、楽しみにしていた収穫体験です。この日、私がもぐのは『つがる』。ゴールデンデリシャスと紅玉を親に持つ早生の品種の一つで、甘く、酸味が少なく、ジューシーな味わいです。日本で二番目に収穫量が多い品種と聞いたことがあります。
「『つがる』は深川の環境に合っている品種で、生で食べると上品な味わいを楽しめます。また、加工にしても実崩れせず、形が残るところが『つがる』の良さです」
田川さんに案内された木の前で、品定めをしていると、お尻が黄色くなってきたら、収穫のタイミングだと教えてくれました。さらに、枝の付け根を持って、上に持ち上げると、簡単にもぐことができるとも。文字通り、腕まくりをして、アドバイス通りに狙いをつけた一個を持ち上げると、手の中にりんごがずっしり納まりました。
田川さんは、「それをこうして」とりんごを袖で磨き、「こうする」と言うと、そのままかぶりつき、「うまい」とうなって、かじったあとがそのまま残るりんごをこちらに向けました。うっすらと黄色みを帯びた実が、きれいです。私もガブっとかむと、甘みと酸味が口の中で溶け合いながら広がり、まるでりんごジュースを食べているようです。「おいしい」と言うより先に、田川さんと目と目を合わせ、うなずいていました。
産地を訪ねたからこその思い
思い入れを込めて、りんごを料理に
りんごは誰もが知る味です。生だけでなく、煮ても焼いてもおいしい。デザートだけでなく、料理にも取り入れやすい果物です。ただ料理は、素材を超えたものにならないと意味がないというのが私の持論です。手を加えることで、果たして、この生のりんごより本当においしく仕立てることができるのか。自問が続きます。
「シェフ、ヨーロッパでは、りんごをじゃがいものようにさまざまな調理法で食べるでしょう。日本でもりんごをもっと料理に使ってほしいんです」。そう話す田川さんは、未熟なりんごはでんぷん質が多いということも教えてくれました。考えてみると、りんごも追熟します。じゃがいもと同じで、でんぷん質を糖に変えるから、収穫後も味わいが変化するのだと学びました。
私たち料理人は、スーパーや市場に並ぶ多種多様な食材を料理としてお皿の上に表現することが仕事です。思い入れのない食材には気持ちがなかなか入りませんが、どこから来て、どうやってできているのかを知ると、感情移入してひいきするようになります。畑に出向くと、食材の育った風景を見て、空気や土の香りを感じることができます。作り手と話をすると、その方の背景まで知ることになり、ここまでくると、えこひいきして料理に仕上げたくなります。深川産のりんごは、私にとってはもはや特別です。
おいしく食べ切るヒント
すりおろしてソースに
りんごはもぎたてのフレッシュなうちに、生で食べるのが一番ですが、タイミングを逃して、りんごがボケてきたらソースを作りましょう。芯を取り除いたりんご1/2個を皮のまますりおろし、玉ねぎ1/2個のすりおろし、しょうが1片のすりおろし、しょうゆ50cc、お好みで酒50ccを混ぜ合わせるだけの簡単レシピです。
フライパンで食材を焼き、このソースをからませ、ひと煮立ちさせれば一品ができあがります。とくに豚肉との相性が良く、ハンバーグもおすすめですし、野菜にも合います。しょうがの香りがお好きな方は、食材にからませる直前にソースにしょうがを加えてください。このソースは作り置きができ、冷凍も可能です。
りんごがたくさんあるときは、重量の20%の砂糖と一緒に煮ると、ヨーグルトにぴったりの甘さ控えめのソースを作れます。私はこのソースを一日置き、もっと甘くしたいときは10%、ジャムにするときは20%の砂糖とレモン汁を加え、仕上げています。ぜひ、お試しください。
上手な選び方、保存方法
お尻の色と触感で選ぶ
「りんごは、お尻が黄色く、触ってみてベタッとしているのがよく熟れている証拠」と田川さん。りんごとひとくくりにするのではなく、どの時期にどの品種が出ているかを調べ、旬のものを選ぶといいとのアドバイスもありました。
保存する際はポリ袋に入れて冷蔵庫で…が一般的ですが、「保存することありきではなく、食べ切れる分を買って楽しんでほしい」というのが田川さんの気持ちです。